052.彼女の手を握る

九条結衣は彼の目の中の怒りを見て、皮肉っぽく笑った。「こんなに大げさに私の良い話を台無しにするなんて、意外ね。本当に私のことを憎んでいるのね」

「良い話だって?」

藤堂澄人の低い声には、怒りの炎が迸っていた。

「夫の背後で他の男と両親に会いに行くのが、お前の言う良い話なのか?」

彼は九条結衣の顎を掴み、怒りで指先に力が入った。「九条結衣、まだ離婚も成立していないのに、そんなに焦っているのか?」

「そうよ、焦らなきゃ離婚する必要もないでしょう?」

九条結衣は彼の言葉に乗って返し、顎に置かれた藤堂澄人の手を振り払い、腕を組んで彼に向き合った。

「藤堂社長、あなた一つ忘れているみたいね」

彼女の突然の言葉に、藤堂澄人は一瞬戸惑い、何を指しているのか分からなかった。

「ここは上流社会のパーティーよ。公の場なの。あなたが私のことをこんなに気にかけているのが人に知られたら、私があなたの妻だということがバレるわよ?あなたは今まで私の立場を公にしたくないって言ってたじゃない?」

さらりと言い放たれた言葉に、藤堂澄人は言葉を失い、一時的に一言も反論できなかった。

九条結衣のこの言葉は、注意というよりも非難と言った方が適切だった。

結婚三年間の無関心さを非難し、その三年間の冷淡さを責めていた。

眉をきつく寄せ、薄い唇を固く結び、まったく言葉が出てこなかった。

九条結衣は彼が何を考えているのか分からなかったが、冷たい目で一瞥した後、彼の横を通り過ぎて行った。

しかし数歩進んだところで、突然足を止めた。

パーティー会場の入り口から入ってきた二人を見て、彼女の表情が一気に凍りついた。全身から発する寒気は、彼女の後ろにいる藤堂澄人にまで伝わってきた。

彼女が立ち止まるのを見て、藤堂澄人の目に驚きの色が浮かび、彼女に視線を向けると、彼女が入り口を冷たい目で見つめているのに気づき、彼も同じ方向を見た。

九条政と木村靖子?

九条結衣の表情が悪くなる理由が分かった。九条政が木村靖子を連れてきたからだ。

藤堂澄人の眉が寄った。

九条政は何をするつもりなんだ?

こんな場所に私生児を連れてきて、公にして上流社会に木村靖子を紹介するつもりか?

九条夫人と九条結衣の面子を全く考えていないのか。