093.恩知らずな小悪魔

九条結衣は彼をじっと見つめ、数秒間呆然としていた。彼は帰ったはずなのに、なぜまた戻ってきたのだろう？

我に返った彼女は、すぐに驚きの表情を隠し、冷ややかな声で言った。「藤堂社長はもう聞いたでしょう？わかっているのに、なぜ聞くんですか」

「結衣！」

彼は冷たい表情で彼女を見つめ、彼女は無表情で彼を見返した。二人とも一歩も譲らなかった。

藤堂澄人が突然一歩近づいてきたのを見て、九条結衣は驚いて思わず後ずさりし、後ろの足が空を踏んでしまい、後ろに倒れそうになった。

彼女は顔を青ざめさせ、反射的に何かを掴もうとしたが、腰に強い力を感じ、その手に引き寄せられた。

九条結衣は足元がふらつき、そのまま藤堂澄人の胸に突っ込んでしまった。

その瞬間、停車していたタクシーが走り過ぎていった。もし先ほど結衣が落ちていたら、そのタクシーに轢かれていたところだった。

ヒヤッとした九条結衣は、藤堂澄人の腕の中で暫く動けなかった。ただ無意識に彼のシャツを掴み、恐怖で乱れた心臓の鼓動を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。

藤堂澄人も相当驚いていた。先ほど、もし彼の反応が少しでも遅ければ、あの車は結衣に直撃していたはずだった。

恐怖で激しく鼓動する心臓のせいで、彼も体を硬直させたまま立っていた。結衣の腰に回した手は、恐怖から無意識に力が入り、手を緩めれば彼女がまた落ちてしまうかのように。

しばらくして、九条結衣が先ほどの恐怖から我に返り、二人の体が密着していることに気付いた。しかも、彼女は雨に濡れて服が透けており、夏の薄着の白いシフォンのブラウスは体に張り付き、下着が透けて見えそうになっていた。

さらに腹立たしいことに、今、彼女の体は藤堂澄人の固い腹筋に密着していた。藤堂澄人の体は熱く、薄い布地越しに彼女の肌に伝わってきた。

九条結衣は眉をひそめ、深く息を吸い、感情を落ち着かせてから、藤堂澄人の引き締まった顔を見上げ、冷ややかに笑って言った。「藤堂社長は元妻を抱くのが癖になったんですか？まだ手を放さないんですか？」

九条結衣の皮肉な声に、藤堂澄人は我に返った。手のひらに感じる柔らかく細い感触に、ようやく自分がずっと結衣の腰を抱いていたことに気付いた。

整った眉が微かに寄り、もともと冷たい薄い唇が一文字に結ばれ、彼の周りの冷気がさらに増した。