111.心のない男はもっと悪い

藤堂澄人は抱きかかえている九条結衣が彼の腕から降りようともがいているのを見て、眉をひそめ、同じように夏川雫を強く抱きしめている田中行を見つめながら、低い声で言った。「彼女は結衣を悪い方向に導いているのか?」

「お前の奥さんが彼女を悪い方向に導いているとは言わないのか?」

「結衣はそんな人間じゃない」

夏川雫がこのように結衣を洗脳しているのを聞いて、藤堂澄人は彼女を一発で気絶させてやりたいほどだった。夏川雫のような人間を結衣の近くに置いておくわけにはいかなかった。

「じゃあ、雫がそんな人間だっていうのか?」

田中行は身内を庇うように眉を上げ、端正な眉間に不満の色が滲んだ。

藤堂澄人は彼と言い争うのも面倒で、暴れている女性を抱えたままバーの外へ向かい、松本裕司に電話してバーの後始末を頼んだ。

九条結衣は藤堂澄人に抱かれたままバーを出て行きながら、まだ叫び続けていた。「雫の言う通り、男なんて全部ろくでなしよ……」

秋の訪れを告げる季節、夜風が少し冷たさを運んでくる。結衣は酒の影響で全身の毛穴が開いていて、無意識に藤堂澄人の胸に身を寄せ、温もりを求めようとしていた。

彼女の意図に気付いた藤堂澄人は、抱きかかえている彼女を見下ろした。結衣は目を細め、酔いで朦朧とした表情を浮かべていた。藤堂澄人の心が揺れ、唇の端がわずかに上がった。

「雫、冷酷な男よりも、心のない男の方が最悪よ……」

結衣の声はかすれていて、最初は「男なんて全部ろくでなし」といった言葉を繰り返していたが、この一言も酔った状態での呟きだった。

しかしこの言葉が藤堂澄人の耳に入った時、彼の足は突然止まり、心臓が針で刺されたかのように痛んで膨らんだ。

抱きかかえている女性を見下ろすと、彼女の唇が上下に動き、まだ最初の言葉を小さな声で繰り返していた。

目を固く閉じ、長いまつげが下がって、下まぶたに扇形の影を作っていた。頬は酒の影響で紅潮していた。

寒さを避けるように彼の胸に身を寄せる細い体は、普段彼が見ている凛とした姿とは違い、まるで素直な子供のように、愛おしく思えるほど大人しかった。

藤堂澄人は彼女の顔をしばらく見つめ、抱く手に少し力を込めて、自分の車へと足早に向かった。