110.奥さんを連れて帰れ(5更)

「この野郎、結衣に手を出すなんて!」

彼女は近くの椅子を掴むと、数人の男たちの頭めがけて投げつけた。一瞬のうちに、バーは大混乱に陥り、状況は制御不能になっていった。

バーのマネージャーが警備員を連れて駆けつけたが、誰も前に出て止めようとはしなかった。

夏川雫は椅子で殴りながら罵声を浴びせ続け、最後には九条結衣と二人で壁際の隅に倒れ込んでしまった。

彼女たちに絡んでいた男たちも殴られてぼうっとしていたが、やがて我に返ると、夏川雫と九条結衣を掴んで平手打ちを食らわせようとした。

しかしその時、肩を強く蹴られ、不意を突かれて吹き飛ばされた。

見上げると、凛とした威厳に満ちた背の高い男が彼らの前に立っていた。何もせずに、ただじっと彼らを見つめただけで、彼らは恐れをなして黙り込んでしまった。

その男が振り返ると、夏川雫と九条結衣が抱き合いながら罵り合っているのが目に入った。

彼は眉をひそめながら前に出て夏川雫を助け起こそうとしたが、彼女は九条結衣を強く抱きしめたまま、離そうとしなかった。

先ほどの乱闘が嘘のように、二人は地面に座り込んだまま抱き合っていた。

「結衣、男なんて全部クズよ。冷たくて残酷で、最後には捨てるのよ...」

田中行:「……」

彼が家で夏川雫からの電話を受けた時は、意外で戸惑いを感じ、電話を切られそうで慌てて出たのだが、彼が話す前に彼女が酔った声で「武」と呼んできた。

バーで痴漢に遭ったと聞いた時、彼はこの奇妙な呼び方を訂正する余裕もなく、電話を切って何個の信号無視をしてここまで駆けつけ、この光景を目にしたのだった。

怒りと諦めが入り混じる中、彼女を抱き上げようと身を屈めたが、強く押しのけられた。「離せ!」

彼女は九条結衣を離そうとせず、九条結衣も彼女をしっかりと抱きしめていたため、田中行は手の施しようがなく、二人を引き離すこともできなかった。

仕方なく、彼は立ち上がって藤堂澄人に電話をかけた。

電話が繋がると、彼は直接言った。「スターナイトバーに来てくれ。お前の奥さんを連れて帰ってくれ。」

田中行がそう言い終わるや否や、電話の向こうの人は電話を切った。

10分も経たないうちに、藤堂澄人がバーに現れ、遠くから田中行が眉間を押さえながら諦めた表情で立っているのが見えた。

「来たか。」