藤堂澄人は一瞬固まり、九条結衣を見ると、彼女が意味深な笑みを浮かべているのが目に入った。何も言わずに中へ入っていく彼女の姿があった。
藤堂澄人は九条結衣の細い背中を見つめながら、先ほどの彼女の皮肉めいた笑みを思い出し、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。レストランの外で数秒間立ち尽くした後、ふと何かを思い出した。
結婚したばかりの頃、ある日彼女は藤堂ビルの下で彼の退社を待っていた。会社の近くのショッピングモールに新しい辛い料理のお店がオープンし、評判がとても良いと言っていた。何度も予約を試みてようやく取れたので、一緒に食べに行こうと誘ってきたのだ。
その時、彼は何も言わず、ただ冷たく「辛いものは食べない」と言い残して立ち去った。彼女は藤堂ビルの前に一人で長い間立ち尽くしていた。