127.心が無くなった

しかしたった今、彼女の冷たい眉目と波一つ立たない黒瞳を見つめていた時、彼は何故かわからないが、衝動的にそう口にしてしまい、九条結衣にあっさりと断られてしまった。

藤堂澄人の胸は重く痛み、いらだちも感じていたが、それが九条結衣に対してなのか、自分自身に対してなのかわからなかった。

「結衣、わかっているはずだ。私が離婚を望まなければ、訴えても離婚はできない」

彼は声を押し殺し、冷たい瞳を沈ませた。

九条結衣の唇の端に、皮肉な薄笑いが浮かび、藤堂澄人の言葉が事実だと理解していた。

「じゃあ、このまま引き延ばしましょう。藤堂社長が浮気されても気にしないなら、夫婦の縁も考えて、私も喜んで藤堂社長の緑の帽子をもっと大きくしてあげますから」

藤堂澄人の眼差しが暗くなり、自然と九条結衣と同じ病院にいる渡辺拓馬のことを思い浮かべ、さらに冷たい視線を向けた。「そんな真似をする勇気があるのか?」