120.彼女を仕事に送る

ただ、彼女は藤堂澄人が否定しなかったことに驚いた。

「奥様、朝食の準備ができましたので、召し上がってください」

九条結衣はダイニングテーブルに座り、山本叔母さんの呼び方を訂正しようと思ったが、それがあまりにも意図的で気取っているように感じられ、考え直して諦めた。ただ山本叔母さんに「ありがとうございます」と言った。

「奥様、どういたしまして。私の作った料理を食べに来てくださって、とても嬉しいです」

山本叔母さんは藤堂お婆様と同様に、言葉の端々に彼女と藤堂澄人を引き合わせようとする意図が感じられた。

しかし、もう戻れないことがあるのだ。この二人が善意でそうしているのは分かっているが、彼女はこの無意味なことを気にかけていなかった。

朝食を済ませると、彼女は席を立って辞去した。

「結衣、病院に行くの?澄人に送ってもらったら?」

「結構です、お婆様。藤堂社長はお忙しいですから。近くまで行けばタクシーも拾えますし、散歩がてら消化もできますから」

九条結衣は藤堂お婆様の好意を笑顔で断ったが、藤堂澄人がすでにブリーフケースを持って彼女の側に来ていた。「行こう。私も病院に行くから、ついでに送っていく」

九条結衣は藤堂瞳が今も入院していることを思い出し、藤堂澄人が藤堂瞳を見舞いに行くのだろうと考えて、気取らずに「ありがとうございます、藤堂社長」と言った。

彼女が敬称付きで呼ぶのを聞いて、藤堂澄人は不機嫌になった。彼女が藤堂社長と呼ぶのを聞いて、さらに不機嫌になった。

深い瞳で彼女をじっと見つめた後、彼女の横を通り過ぎ、一言も発せずに車庫へ向かった。

九条結衣は玄関を出て、道端で待っていた。この日は運転手が来ておらず、藤堂澄人自身が運転することになっていた。

藤堂澄人の車が彼女の前に停まった時、九条結衣は少し躊躇してから後部座席のドアを開けた。

藤堂澄人は助手席を横目で見て、眉をしかめた。「結衣」

「はい?」

車に乗ったばかりの九条結衣が顔を上げると、まず目に入ったのは藤堂澄人のハンドルに置かれた手だった。

高級な腕時計が、彼の逞しい手首に巻かれており、指は長く、関節が際立っていた。この手だけを見ても、その持ち主がどれほど気品があり、端正な容姿をしているかが想像できた。

「私を運転手扱いするのか?」