「これから出かけるの?」
九条結衣の声に、家政婦は我に返り、首を振った。「いいえ、これから卒業論文の準備をしないといけないんです」
家政婦の小林由香里は、もうすぐ卒業を迎える大学生だった。授業もほぼ終わり、この学期は忙しくなかったため、家計が急に苦しくなり、緊急の仕事を探していた。
ちょうど九条結衣は仕事が忙しく、人柄が良く、細やかで、考え方も進歩的な家政婦を探して九条初の世話をしてもらおうと考えていた。
家政婦紹介所で応募に来た小林由香里に出会い、若い大学生で可愛らしい女の子だったので、九条初の世話を頼むことにした。
九条結衣は厳しい雇い主ではなく、小林由香里とは年齢も2歳しか違わないため、話も合い、普段は自由な時間を与え、九条初の世話さえしっかりしてくれれば良かった。
「あぁ、特別にメイクしてたから、何か用事があるのかと思って」
九条結衣は小林由香里の精巧なメイクを見て、笑いながら言った。特に深く考えてはいなかった。
小林由香里はそれを聞いて、目の奥に一瞬の後ろめたさが走ったが、表情は自然なままで「卒業後は就職するので、身だしなみには気を使わないといけないですから。さっき部屋で暇だったので、メイクの練習をしていただけです」と答えた。
九条結衣は深く考えず、頷いて小林由香里に二、三の指示を出してから書斎へ向かった。
九条結衣が気にしていないのを見て、小林由香里は長いため息をつき、胸をなでおろした。危なかった。
数日が過ぎ、藤堂澄人は再び現れることはなく、九条結衣の不安な気持ちは少し落ち着いていった。
その後、夏川雫から電話があり、裁判所が離婚の件を保留にしたと言われた。判決を待つ案件が多すぎて、いつ開廷できるか分からないとのことだった。
考えるまでもなく藤堂澄人が手を回したのだと分かり、九条結衣は歯ぎしりしながら心の中で藤堂澄人を激しく罵ったが、それしかできなかった。
今日は中秋節で、各家庭が団らんする日だった。九条結衣は小林由香里に休みを与え、自分で九条初を連れて小林家で過ごすことにした。夕食を済ませ、小林の両親と一緒に数時間中秋節の特番を見てから帰る準備をした。
途中まで車を走らせると、それまで月明かりが明るかった空が突然暗くなり、月が雲の中に隠れ、突然雨が降り出した。