「藤堂グループの藤堂社長がお会いしたいとのことですが、お時間を調整していただけますでしょうか?」
秘書は話しながら、内心とても興奮していて、目が抑えきれないほど輝いていた。
藤堂グループだ。あの藤堂グループなのだ。
あれほど大きな企業グループの社長が、彼らの九条社長との面会を希望するなんて。確かに誠和は成長の可能性を秘めているが、それでもグループの総帥が直接彼らの社長との面会を求めるほどではないはずだ。
九条結衣は秘書の輝く目を見て、彼女が藤堂澄人のことを話していることを理解した。
結局、藤堂グループは全国でもこの一社だけなのだから。
藤堂澄人のことを思い出すと、自然とあの日のショッピングモールでの出会いが頭に浮かび、眉をしかめた。
「お断りします」
秘書が九条結衣はきっと即座に承諾すると思っていた矢先、九条結衣は冷たくそう言い放った。
秘書は一瞬固まり、慌てて言った。「九条社長、あの藤堂グループの藤堂澄人社長ですよ」
秘書は九条結衣が藤堂澄人だと気付いていないのだと思い、急いで念を押した。
雑誌に載るだけで完売してしまうような人物なのに、誰もが会いたがっているはずなのに、九条社長がどうして断るのだろう。
しかし九条結衣は表情一つ変えず、ただ淡々と繰り返した。「お断りします」
秘書は少し落胆した様子だったが、九条結衣が不機嫌そうな顔をしているのを見て、彼女が怒っていることを悟った。心の中では残念に思いながらも、もう何も言えず、オフィスを後にした。
オフィスのドアが閉まると、九条結衣は椅子に寄りかかり、藤堂澄人との面会の件について、目を細めて思案した。
「藤堂澄人はなぜ私に会いたがっているの?」
手にしたペンを無造作に弄びながら、そっと呟いた。
退社時間になり、九条結衣は荷物をまとめて階下に降りた。会社の入り口に着くと、地味な色合いながら値段は決して地味ではない黒のベントレーが停まっているのが目に入った。多くの人々がその車を指さして、こそこそと何かを話し合っていた。
「あの車知ってる。ベントレーの新しい限定モデルで、完全ハンドメイド。世界でも数十台しかなくて、最低でも2000万円するんだ……」
「すごい。お金持ちの世界は想像もつかない。一台の車で何軒もマンションが買えちゃうなんて」