「結衣、大丈夫?」
車を取りに行っていた夏川雫も、先ほどの九条結衣が何十段もの階段から転げ落ちそうになった場面を目撃していた。今でも足が震えるほど怖かった。幸い藤堂澄人が一歩早く彼女を掴んでいた。
夏川雫は心の中で藤堂澄人のことを何度も渣男と罵ったが、この時ばかりは結衣の側に澄人がいてくれて良かったと思った。
夏川雫は藤堂澄人を一瞥し、珍しく表情が和らいだ。
「大丈夫よ、車に乗りましょう」
九条結衣の声は、かすれていた。普段なら鋭い眼差しも、今は光を失っていた。
結衣の車が去っていくのを見ながら、松本裕司は複雑な表情で自分のボスを見て、小声で言った。「社長、奥様は...かなりショックを受けているようです」
その言葉を聞いて、藤堂澄人の目が暗くなり、結衣の車の影を見つめながら、薄い唇を一文字に結んだまま、何も言わなかった。