190.巨大な家業を継ぐために帰宅

木村靖子は顔を曇らせ、声を押し殺して再び呼びかけた。「お姉さん、そんなに私に会いたくないの?」

九条結衣は手元のメールを閉じ、携帯を取り出して宮崎裕司に電話をかけた。「宮崎社長、会社の件はお任せしますので、私に報告する必要はありません……もちろん、あなたの能力は信頼していますから」

木村靖子は、九条結衣が笑顔で他人と電話をし、自分を無視していることに腹を立てた。

このまま帰るのは悔しくて、歯を食いしばってその場に留まった。自分を見えないふりをするのなら、逆に絶対に帰らないと決めた。

九条結衣が電話を切ると、木村靖子はワイングラスを持って笑みを浮かべながら近づこうとしたが、先を越された。「結衣」

九条結衣が振り向くと、スーツ姿の渡辺拓馬がワイングラスを持って歩いてくるのが見えた。

「渡辺先生、お久しぶりですね」

九条結衣は眉を上げて挨拶した。

「よく言うよ。病院を辞めるときも一言も言わないで、院長から聞かされたんだぞ」

渡辺拓馬は彼女の前に立ち、端正な顔に不満げな表情を浮かべた。

九条結衣は微笑んで肩をすくめた。「仕方ないでしょう。母の一人娘なんだから、莫大な家産を継がないといけないんです」

渡辺拓馬は九条結衣がC市に行ったことを聞いていた。渡辺家の人脈があれば、九条結衣の居場所を知るのは難しくなかったので、彼女がC市で何をしているのかも当然知っていた。

「なんだその生意気な言い方は?」

「お互い様でしょう。渡辺次郎様だって、医者を辞めたくなったら、家の数千億の資産を継がないといけないんでしょう?私の財産なんて比べものにならないわ」

渡辺拓馬も笑い出した。藤堂澄人の冷たい雰囲気とは違い、渡辺拓馬にはイケメンでちょっとチャラい魅力があった。特に笑顔を見せる時は、周りの視線を簡単に引き付けてしまうのだった。

木村靖子は九条結衣と渡辺拓馬のやり取りを見ていた。渡辺拓馬のことはよく知らなかったが、二人の会話から、彼の家柄も並々ならぬものだと分かった。

なぜ優秀な男性は皆、九条結衣の周りに集まるのか理解できなかった。九条結衣に何がいいというの?九条家の娘だからってだけじゃない?

今や父は例のブスと離婚したのに、九条結衣なんて何者でもない。いずれ父に追い出されるのに、何を得意げにしているのかしら。