214.ここに銀300両なし

九条結衣は藤堂澄人とあまり話したくなかった。数時間前に彼が息子を強引に連れ去ったことを思い出すと、彼が自ら病院に連れて来てくれたとしても、感謝の気持ちにはなれなかった。

「もしかして藤堂社長は、私に『ここに残って付き添ってください』と言ってほしいんですか?」

九条結衣の目には皮肉の色が浮かんでいた。彼女がそう言い放つと、藤堂澄人は一瞬どう答えていいか分からなくなった。

心の中の声が彼に告げていた。確かに彼女の側に残りたいと思っている。でも、何の資格があるというのか?

彼女の元夫だからという理由で、彼女の面倒を見る責任と義務があるというのか?

そして彼女の今の態度からすると、彼が残ることを望んでいないのは明らかだった。

突然、藤堂澄人は「元夫」という言葉が嫌になった。この言葉のせいで、多くの場面で彼は受け身になってしまうのだから。

案の定、九条結衣の次の言葉は、さらに彼の心を刺すものだった。

「私たちは正式に離婚したんですから、たとえ離婚していなくても、藤堂社長のような高貴な身分の方が、ここに残って私の面倒を見る必要なんてないでしょう?」

意識がはっきりしている彼女の目は冷たく、きっぱりとしていた。彼に向かって話すとき、微笑みを浮かべていても、その笑顔に込められた疎遠な態度は、より一層情け容赦ないものに見えた。

藤堂澄人の胸の内は怒りが増していった。特に、自分の感情がこの女性に簡単に左右されることに気づくと、その怒りはさらに強くなった。

「君が必要としないなら、余計な世話を焼く必要もないな」

冷たくそう言い放つと、彼は病室のドアを開けて出て行った。

低い閉まるドアの音が、九条結衣の心に響いた。

九条結衣は振り返り、既に閉まったドアをじっと見つめた。その表情は呆然として、物思いに沈んでいるようだった。

しばらくして、彼女は静かに視線を戻し、胸の中に湧き上がる苦さを押し殺しながら、窓の外の漆黒の夜を見つめた。

夜の闇は、人を押しつぶすほど静かで、人々の心の孤独と憂いを増幅させた。九条結衣はぼんやりと見つめながら、静かにため息をついた。

しばらく座っていた後、彼女はベッドに横たわり、手を上げて両目を覆い、込み上げてくる酸っぱい感情を押し殺した。