木村富子がなぜ九条家にいて、しかも使用人たちに対してあれほど指図しているのだろう。お爺様は何も言わないのかしら?
中に入ると、使用人たちは彼女を見て次々と頭を下げて挨拶した。「お嬢様」
「お嬢様がいらっしゃいました」
木村富子も九条結衣が突然現れるとは思っていなかった。骨の髄まで九条結衣を恐れているせいか、先ほどまで使用人たちに威張り散らしていた態度を、九条結衣を見た途端に収めた。
そして口元から無理やり笑みを作り、九条結衣に向かって「お嬢様、どうしていらしたの?どうぞお入りください」
九条結衣は冷ややかな目で彼女を一瞥し、そのまま中へ進んだ。木村富子は完全に女主人然として、使用人たちに九条結衣のお茶を入れるよう指示した。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
知らせを聞いて駆けつけた執事は、九条結衣を見て目を輝かせ、急ぎ足で近づいてきた。
九条結衣は目の前の50代の男性を見て、笑いながら言った。「山本叔父さん、家の執事が変わったの?」
それまで女主人のように九条結衣をもてなそうとしていた木村富子は、九条結衣のその言葉を聞いた瞬間、顔色が変わり、歯を食いしばって怒りの目で九条結衣を見つめた。
執事はすぐに九条結衣の意図を理解し、即座に笑って答えた。「お嬢様ご安心ください。九条爺さまは私をとても信頼してくださっていますので、この職を簡単に変えることはありません」
「そう、木村さんが随分と積極的だったから、執事が変わったのかと思って」
九条結衣は無邪気な笑顔を浮かべていたが、その言葉の意味は誰にでも分かった。明らかに木村富子を執事扱いしたのだ。
すでに自分を九条家の女主人だと思い込んでいた人物が、九条結衣に執事として扱われ、木村富子の目には、それは使用人として見られているようなものだった。その場で怒りで顔が青ざめた。
山本叔父さんは若い頃、お爺様の警備員として仕えており、結婚もせずずっと付き添ってきた。お爺様が退職した後、彼も退職し、九条家の執事となって、特にお爺様の世話を担当していた。
九条家の使用人とは言え、お爺様とは戦友同然で、九条家での地位も低くなく、九条政でさえ軽々しく態度を悪くすることはできなかった。