藤堂澄人は小林静香の前に歩み寄り、頭を下げて挨拶をした。「お母さん」
小林静香は藤堂澄人を見て、いつもの穏やかな表情に冷たさが混じった。彼が九条初を迎えに来たのだと思ったからだ。
親権裁判で負けたことは、九条結衣が裁判終了後すぐに彼女に話していた。
電話越しでさえ、娘の声から落胆と悲しみが伝わってきた。でもあの子はいつも強がって、誰にも弱みを見せない。母親である彼女も、知らないふりをするしかなかった。
「結衣と離婚したのに、藤堂社長がお母さんと呼ぶのは恐縮です」
彼女の声は柔らかく、相変わらず優美だったが、口調には不満が滲んでいた。
藤堂澄人は心の中で苦笑し、唇を引き締めて小林静香の言葉に反論しなかった。
「そんなに急いで九条初を連れて行くの?」
小林静香は藤堂澄人を皮肉っぽく見つめ、先ほどより冷たい声で言った。
藤堂澄人は小林静香の言葉から誤解されていることを察し、今回は黙っていられず、むしろ切迫した様子で説明した:
「お母さん、誤解です。九条初を連れて行くつもりはありません」
「違うの?じゃあ、何しに来たの?」
小林静香の目には、明らかな不信感が満ちていた。
小林静香の目に隠しようのない不信感を見て、藤堂澄人は再び心の中で苦笑した。
「支社の用事で来ました」
藤堂グループほどの規模なら、C市に支社があるのは不思議ではない。だから小林静香は彼の説明を聞いて、疑いを持たなくなった。
それに、藤堂澄人のあんなに高慢で人を見下すような性格なら、親権裁判に勝った今、九条初を藤堂家に連れ帰ったとしても、彼女には何も言う権利はない。
藤堂澄人が元義母である彼女にこれほど丁寧に説明する必要もない。
そう考えると、小林静香の表情は和らいだ。
孫と元婿の大小の顔を見比べ、孫の目に父親への隠しきれない慕情を見て、心の中でため息をついた。
「じゃあ、九条初を任せるわ。私は中には入らないから」
「はい、ありがとうございます。お気をつけて」
かつては傲慢だった若者が、今は自分の前でこんなに恭しい態度を見せるのに違和感を覚えながら、小林静香は車に乗り込んだ。
車が団地の入り口から出て行く時、車から降りなかった小林お婆さんは先ほどの光景を思い出して言った:
「澄人くん、何か変わったみたいね」