藤堂澄人は小林静香の前に歩み寄り、頭を下げて挨拶をした。「お母さん」
小林静香は藤堂澄人を見て、いつもの穏やかな表情に冷たさが混じった。彼が九条初を迎えに来たのだと思ったからだ。
親権裁判で負けたことは、九条結衣が裁判終了後すぐに彼女に話していた。
電話越しでさえ、娘の声から落胆と悲しみが伝わってきた。でもあの子はいつも強がって、誰にも弱みを見せない。母親である彼女も、知らないふりをするしかなかった。
「結衣と離婚したのに、藤堂社長がお母さんと呼ぶのは恐縮です」
彼女の声は柔らかく、相変わらず優美だったが、口調には不満が滲んでいた。
藤堂澄人は心の中で苦笑し、唇を引き締めて小林静香の言葉に反論しなかった。
「そんなに急いで九条初を連れて行くの?」
小林静香は藤堂澄人を皮肉っぽく見つめ、先ほどより冷たい声で言った。