264.引き抜きまで私のところに来た

「奥様は社長にお似合いです。私はあなたを見た瞬間、社長夫人の資格があるのはあなただけだと思いましたので、つい習慣的にそう呼ばせていただいております」

九条結衣は松本裕司のにこやかな様子を見つめながら、彼を知らない人は誰も気付かないだろうと思った。この人は親しみやすそうに見えて、実は藤堂澄人と同じく、手ごわい古狐なのだ。

そんな古狐が笑みを浮かべながら自分を「奥様」と呼ぶのを聞いて、九条結衣は背筋が寒くなった。

「松本秘書の仕事能力が優れているのは知っていましたが、お世辞も人一倍上手いんですね。私のことをそんなに高く評価してくださるなら、上司を変えて、私の下で働いてみませんか?」

九条結衣が眉を上げて松本裕司を見つめながら言い終わった時、ちょうど隣の病室のドアが開き、藤堂澄人が不機嫌そうな表情で松本裕司を見た。