266.携帯に保存された結婚証明書

車が到着するとすぐに、九条結衣は車を降りた。藤堂澄人がこのまま去ってくれると思い、ほっと一息ついた瞬間、藤堂澄人が反対側のドアを開けて、彼女の方へ歩み寄るのが見えた。

「藤堂社長も、ここに泊まっているとでも言いたいんですか?」

九条結衣は藤堂澄人を見つめ、目に嘲りの色を浮かべた。

藤堂澄人は微笑み、その表情が急に柔和になり、九条結衣の顔に一瞬の戸惑いが走った。「元妻が久しぶりに戻ってきたんだ。元夫として、昔話でもしたいと思ってね」

その言葉を聞いて、九条結衣は心の中で呟いた:この人は本当に厚かましくなる一方だわ。

「元夫と元妻に昔話をする必要なんてないと思いますけど」

そう言って、中へ足を進めた。藤堂澄人が息子の話を持ち出すことを予想して、九条結衣は無意識に足を速めた。

藤堂澄人が追いかけてこないのを確認し、彼女はほっと息をついてエレベーターに乗り込んだ。

部屋に戻ると、荷物を整理し、バスローブを持ってバスルームへ向かった。

その時、ホテルのロビーでは、フロントが目の前の背の高いハンサムな男性を困惑した表情で見つめ、眉をひそめていた。

「申し訳ございません、藤堂さん。お客様のお部屋の鍵は、むやみにお渡しすることはできかねます」

フロント係は藤堂澄人の険しい表情を見て、おびえながらも、お客様を守る責任から、むやみに鍵を渡すわけにはいかなかった。

たとえ目の前の人物が軽々しく敵に回せない存在だと知っていても。

不機嫌な表情を見せながらも、藤堂澄人は心の中の苛立ちを抑え、スマートフォンを取り出し、写真フォルダーから一枚の写真をフロントに見せた。「私の妻だ」

フロント係は藤堂澄人のスマートフォンに映る結婚証明書の写真を一目見て、驚きを隠せない様子だった。

藤堂社長はもう結婚されていたのか?

その疑問が頭をよぎったが、口に出す勇気はなかった。

しかし、あのお客様が藤堂奥様であるなら、もはや止める理由はない。特に先ほど二人がタクシーから一緒に降りてくるのを見ていたのだから。

藤堂さんが奥様と一緒に上がらなかったのは、何か用事に引っかかったのだろう。

フロント係は何度も謝罪の言葉を述べた後、藤堂澄人にキーカードを渡した。「大変申し訳ございませんでした、藤堂さん」