284.元夫を殺害する

幸いこのホテルの設備は充実しており、救急箱にも様々な応急処置の物が揃っていた。九条結衣は必要な物を取り出すと、藤堂澄人の前に足早に歩み寄り、包帯を巻き始めた。

「手を離して」

彼女は低い声で言った。藤堂澄人は素直に手を離した。目の前の傷口から流れる真っ赤な血を見た瞬間、九条結衣の目が痛みを感じ、思わず息を飲んだ。

額に大きな裂傷があり、包帯だけでは足りない。「縫合が必要です」

九条結衣は彼を見つめながら、自分でも気付かないほど震える声で言った。

「わかった」

藤堂澄人はためらいもなく答えた。漆黒の瞳は深い淵のように、九条結衣を吸い込みそうで、まるで魔力を持つかのように、彼女の心を瞬時に落ち着かせた。

「お願いするよ。たかが数針だ。九条先生なら問題ないだろう?」

藤堂澄人は彼女に向かって、口角を上げた。