九条結衣が彼の隣に座ると、松本裕司は慌てて車のドアを閉めた。命の恩人である社長夫人がいつ気が変わって降りてしまうかと心配だったのだ。
九条結衣:「……」
松本裕司は彼女が逃げ出すのを恐れているのだろうか?
一行は会社に戻り、藤堂澄人と九条結衣は並んで社屋に入っていった。
社員たちは最初に藤堂澄人の額に巻かれた厚い包帯に気づき、驚きの表情を浮かべた。
社長はいったい……?
そのとき、受付の誰かが藤堂澄人の隣を歩く背の高い、気品のある女性がすぐに分かった。4年前に会社を訪れ、松本秘書に離婚協議書を渡した社長夫人ではないか?
なぜ彼女が来たの?
社長の口元に浮かぶ笑みを見ると、機嫌がいいようだが?
九条結衣の身分を知っている受付の社員たちは、内心驚きながら、そっと藤堂澄人の頭の傷に目を向けた。
社長は奥様に……DV されたのではないだろうか?
彼らはそれ以上考えることができず、藤堂澄人たちが近づいてきたときに立ち上がって挨拶をした。「社長、奥様、松本秘書」
藤堂澄人の足が一瞬止まり、顔の喜色がさらに増したように見えた。
後ろについてくる松本裕司の方を振り返り、受付の女性を指さして言った。「彼女に昇給を」
受付嬢:「???」
松本裕司:「???」
二人とも藤堂澄人と九条結衣がエレベーターに乗り込むまで呆然としていた。
受付嬢の顔には抑えきれない喜びが浮かんでいた。
社長はなぜ私に昇給をくれるの?もしかして社長は……
そう考えただけで、受付嬢は思わず顔を赤らめた。松本裕司の何とも言えない視線に気づくまで。「甘い考えは止めなさい」
奥様がまだいるのに、うちのボスに気があるなんて。
社長秘書として長年の経験と、自分のボスへの理解から判断すると、受付嬢に昇給を与えたのは、彼女が「奥様」と呼んだからだろう。
うん、きっとそうだ。
九条結衣は藤堂澄人と一緒に社長専用エレベーターに乗り、最上階の社長室に直行した。外の秘書室の人々は社長夫妻が上がってきたのを誰も見ていなかった。
松本裕司が上がってきて、秘書室の人々に言った。「急いでコーヒーを2杯用意して、社長と奥様が中にいらっしゃる」
「奥様?」
秘書は一瞬戸惑った。松本秘書の言う奥様とは、数ヶ月前に弁護士を派遣して社長と離婚を話し合った奥様のことだろうか?