350.本当に彼女を怒らせて去られるのが怖かった

藤堂澄人は手を離そうとせず、ただじっと彼女を見つめていた。まるで我儘な子供のように。

表情には何も表れていなかったが、顔色は次第に悪くなっていった。

「いいわ、入りましょう」

藤堂澄人は九条結衣が最後に同意してくれたのを見て、顔を輝かせたが、手は相変わらず九条結衣の腕を離さなかった。

九条結衣は彼を支えて部屋に入り、二人は廊下に立ったまま可哀想な振りをしていた木村靖子を完全に無視した。

木村靖子は、九条結衣が自分が藤堂澄人を抱きしめているのを見ても何の反応も示さず、藤堂澄人を見捨てて去るどころか、むしろ彼と一緒に残ることを予想していなかった。

先ほどの藤堂澄人が九条結衣に対して示した卑屈な態度と、病室で彼女を追い出そうとした時の態度を比べると、木村靖子は歯ぎしりするほど腹が立った。

藤堂澄人を抱きしめても九条結衣を刺激できないことに、彼女は納得がいかなかった。

いつも九条結衣に勝てない。なぜ?なぜなの?

しかし、今の木村靖子の心中など誰も気にかけていなかった。九条結衣は険しい表情で藤堂澄人を支えて病室に入ると、すぐにベッドに横たわらせた。

「死にたくないなら、大人しく横になっていなさい」

九条結衣の口調は少し強気だったが、藤堂澄人は珍しく子供のように素直で、九条結衣が横になるように言うと、そのまま横になった。

胃の痛みは収まっていなかったが、九条結衣がそばにいるだけで、その痛みも耐えられるように感じた。

九条結衣は、胃を押さえ、顔色が次第に青ざめていく彼を静かに見つめ、心が沈んだ。「横になっていて。医者を呼んでくる」

彼女がナースコールを押そうとすると、藤堂澄人に止められた。「必要ない」

「藤堂澄人!」

九条結衣の表情が冷たくなり、何か言おうとした時、藤堂澄人の哀願するような目と合った。「君は医者じゃないか。君が診てくれれば同じだよ」

今は誰にも邪魔されたくなかった。特に渡辺拓馬のような奴には。

九条結衣は厳しい表情で彼を見つめ、そこで彼の手の甲が少し青く腫れ、血の跡が残っているのに気付いた。

明らかに手の甲に刺さっていた針を無理やり引き抜いた跡だった。

九条結衣の表情はさらに暗くなり、ベッドの横に立っている点滴スタンドを見た。案の定、液体は半分しか入っておらず、床には針から漏れた液体が水たまりを作っていた。