399.男が色っぽくなったら女の出番なんてない

男の逞しい胸が背中に触れ、その体温を感じた九条結衣の体が突然硬直した。

彼女が身をよじると、藤堂澄人は腰に巻き付けた腕にさらに力を込めた。

背後から肩に顎を乗せた藤堂澄人の、かすれた声が特別に心地よく響いた。「明日は田中さんに俺の分も作ってもらおうか。あの人、けちだって知ってるから、材料を送らせるよ」

九条結衣「……」

いつの間に彼と田中さんの仲がそんなに良くなったの?

九条結衣が黙り込むのを見て、藤堂澄人は腰に巻き付けた手で、贅肉のない彼女の腰をつついた。「どう?」

九条結衣は非常にくすぐったがりで、藤堂澄人にそうされると思わず後ろに身を引き、さらに彼の体に密着してしまった。

「分かったから、早く離して!」

彼女は顔を曇らせ、髪に隠れた耳が再び熱くなっていくのを感じた。

藤堂澄人はようやく満足げに手を放した。「帰りな。気をつけて」

その優しい声色と柔らかな口調に、思わず心臓の鼓動が速くなってしまう。

九条結衣は彼を見ずに、エレベーターホールへと足早に向かった。藤堂澄人は廊下に立ったまま動かず、逃げるような彼女の後ろ姿をただ静かに見つめ、唇の端がまた思わず上がっていった。

エレベーターが到着すると、九条結衣は素早く中に入り、やっと振り返った。扉が閉まる瞬間、遠くで藤堂澄人が手を振っているのが見えた。

九条結衣「……」

なぜか、この時の藤堂澄人を見て、ある言葉が思い浮かんだ——

男が色気を出し始めたら、女の出る幕なんてないってね。

今の藤堂澄人は、まさにその言葉を完璧に体現していた。

九条結衣が降りると、九条愛は真っ赤なフェラーリの中で口紅を塗り直していた。彼女が出てくるのを見て、手を振った。

助手席のドアを開けて座ると、九条愛は口紅をしまってバッグに入れ、鏡で最後の確認をしていた。

「許すつもり?」

九条結衣は椅子に寄りかかって目を閉じていたが、九条愛の突然の一言に驚いて目を見開いた。

横を向くと、九条愛の意味ありげな視線と目が合った。

「おじいさまから聞いたわ。二人は離婚したの?」

彼女は興味深そうに眉を上げた。「藤堂澄人の様子を見てると、そうは見えないけど」

九条愛の質問に、九条結衣は何と答えていいか分からなかった。今の自分でさえ、藤堂澄人に対する気持ちが全く整理できていないのだから。