藤堂澄人は車体に寄りかかり、中は黒い綿のシャツを着て、下は煙灰色のカジュアルパンツ、上着はズボンと同系色の高級ハンドメイドカシミアコートを着ていた。
控えめながら贅沢ではない装いが、彼をより一層魅力的に見せていた。
九条結衣はスーツケースを引きながら歩く足を、無意識のうちに一瞬止め、数秒躊躇してから、また歩き出した。
「どうしてここに?」
「空港まで送るよ」
彼は助手席のドアを開け、九条結衣の困惑した目を見つめながら言った。「乗って」
九条結衣は彼の笑顔を一目見て、昨夜彼が去る時の寂しげな眼差しを思い出し、まるで制御不能のように、なぜか不思議と車に乗り込んでしまった。
藤堂澄人は彼女が拒否しなかったのを見て、先ほどまで宙ぶらりんだった心が少し安堵し、唇の端も楽しげに上がった。
車の前を回って運転席に乗り込み、心の中の喜びを完璧に隠したつもりだったが、その笑みが目から漏れ出ているのも知らずにいた。
九条結衣は彼の今の気分がどれほど楽しいものかに気付かず、シートベルトを締めたところで、肩に毛むくじゃらの小さな存在が乗った。それは九条二郎だった。
九条二郎を見て、九条結衣の表情は柔らかくなり、手を伸ばして九条二郎を膝の上に抱き、撫でながら、時々楽しそうな笑い声を漏らした。
九条結衣の心からの楽しげな笑い声を聞いて、藤堂澄人の心が揺れ、思わず横目で九条結衣の顔を見つめた。
彼の目に映ったのは、九条結衣の完璧な横顔だった。彼女の五官は繊細でありながら過度に艶やかではなく、柔和でありながら小粒ではなく、絶妙な美しさを持ち、見れば見るほど心が惹かれていった。
特に彼女がこんな風に珍しく無邪気に笑っている姿を見ると、彼はますます心を奪われ、思わず近寄って彼女の頬にキスしたくなった。
九条結衣のこの笑顔が彼のためではないにしても、彼にとって九条二郎は彼が連れてきた「息子」であり、自分とも繋がりがあると自己慰撫した藤堂社長の気分は、さらに上機嫌になった。
しかし次の瞬間、彼は上機嫌でいられなくなった。
「バン」という音とともに、車は追突した。
この衝撃で、九条結衣の顔に浮かんでいた笑顔は凍りつき、九条二郎は驚いて直接九条結衣の胸に飛び込んだ。