433.奥さんが彼を宝物と呼び、喜ぶ

高い背丈で車の横に立つと、その威圧感は瞬時に前から威勢よく降りてきた日本車の運転手を震え上がらせた。

彼は一瞬戸惑い、先ほどの気勢は一気に萎んでしまった。

「お、お前、どういう運転の仕方だ?」

目の前にある世界限定数台の手作りベントレーを見渡すと、その男の気炎はさらに自然と収まっていった。

この車を買えるのは、お金があるだけでなく、十分な権力と人脈も必要だ。彼はむしろ、自分の安っぽい車がこの数千万円の高級車にぶつけられたことを、特別な栄誉に感じるべきだと思った。

目の前の人物が誰なのかは分からなかったが、その人物から漂う高貴さと威圧感から、並の身分ではないことは明らかだった。

それに...この顔にどこか見覚えがある。

もういい、もういい、関わり合いになれない、関わり合いになれない。

本当は示談金を巻き上げようと思っていたのに。

でも自分の車がこんなにへこんでしまったのだから、何も得られずに情けなく自分で修理に行くわけにもいかない。

そう考えていると、藤堂澄人は彼に電話番号を渡し、「妻を空港まで送らなければならないので、この番号に電話してください。修理費用は全て彼が対応します」と言った。

藤堂澄人は冷たい声で話し、「権力を振りかざす」ような態度は見せなかったが、その車の持ち主は何の疑問も反論も出来ず、ただ藤堂澄人から電話番号を受け取るしかなかった。

その後、藤堂澄人は車に乗り込み、九条結衣が彼を見ているのに気づくと、少し後ろめたそうに彼女の視線を避け、「解決しました」と言った。

「薬の効果は切れたの?」

九条結衣は不思議そうに彼を見つめ、小声で尋ねた。

藤堂澄人はハンドルに置いた手に力が入り、後ろめたさのあまりアクセルを踏んで逃げ出しそうになったが、表情は変えずに「ああ、切れた」と答えた。

随分と早く切れたものね。

九条結衣は心の中で冷ややかに笑った。彼が後ろめたそうにしているのは分かったが、何に後ろめたさを感じているのかは分からなかった。さらに、彼が突然追突事故を起こしたのは、彼女を盗み見ていたせいだとは、まったく想像もしていなかった。

九条結衣が追及しないのを見て、藤堂澄人は内心ほっとした。妻を盗み見ていて追突事故を起こしたなんて知られたら、もう二度と顔向けできないだろう。

「ベイビー」