小林由香里がようやく追いついたとき、藤堂澄人が既に助手席のドアを開けて座り、運転手が後部座席のドアを開けて彼女を待っているのが見えた。
小林由香里は彼が助手席に座ったのを見て、少し残念に思った。隣に座れると思っていたのに。
「小林さん、どうぞ」
「ありがとうございます」
彼女は運転手に優しくお礼を言って、車内に座った。
数千万円の限定版高級車。小林由香里は、自分の人生でこんな車に触れることさえできないと思っていた。まして乗ることなど、運転手がわざわざドアを開けてくれることなど。
車がゆっくりと病院を離れ、小林由香里は車内で高価な本革シートに触れながら、お金の匂いが漂う空間に心を奪われていた。
古代の帝王のような生活、彼女もそれが欲しかった。
助手席に座る男性に目を向けると、端正な容姿、完璧な横顔が目に入った。
高貴な身分と何代も使い切れないほどの財産。これほど完璧な男性なのに、なぜ九条結衣がこんな男性と結婚できて、自分はできないのか。
彼女は藤堂澄人を見つめる視線に、徐々に深まる執着と欲望を込めていた。彼女は、この男性を強く求めていた。
彼女はこの男性の心を動かす方法ばかりに気を取られ、本来注意すべきことを見落としていた。
30分後、車は彼女が住んでいるマンションの前で止まった。
「社長、着きました」
運転手の声に、藤堂澄人の顔に釘付けになっていた小林由香里の視線は慌てて逸らされた。
「降りなさい」
藤堂澄人の視線が小林由香里に向けられ、たった一瞬の眼差しだけで、小林由香里の心臓は激しく鼓動した。
先ほどの藤堂さんの眼差しは、まるで毒蛇が彼女を殺そうとするかのように鋭かった。
怖い。
小林由香里は激しく鼓動する心臓を押さえ、車から降りた。
エレベーターがゆっくりと彼女の階に向かい、藤堂澄人の後ろについてエレベーターを出た。
運転手が一緒に上がってこなかったことで藤堂澄人と二人きりになれると密かに喜んでいた時、ドアの前に数人の男性が立っているのを見た。
先頭に立つ男性は高価な紺のスーツを着て、金縁の眼鏡をかけ、適度な笑みを浮かべ、どこか物腰の柔らかな印象だった。
藤堂澄人を見ると、その男性は早足で近づき、恭しく「社長」と言った。
この人物こそが松本裕司だった。