「この詐欺師め、早く賠償金を払え。払わないと今日は帰れないぞ!」
「そうだ、詐欺師め、早く賠償金を払え。山下さんは家族の大黒柱なんだ。今は重傷を負って病院に寝ているんだぞ、逃げられると思うな」
「……」
次々と押し寄せてきて九条結衣を取り囲む人々。会社の入り口にいた人たちよりも、この数人の方が更に激しく騒いでいた。
九条結衣は目の前の群衆を冷ややかな目で見渡し、その後ろで比較的大人しくしている若者に視線を止めた。
九条結衣はその顔を覚えていた。ネット上の投稿で宮崎裕司に殴られて倒れた人物、怪我をした作業員の息子だ。
その若者は九条結衣の視線に気づいたようで、瞳孔が一瞬縮んだが、すぐに何かを思い出したかのように、胸を張って九条結衣の目をまっすぐ見返した。
九条結衣は目を伏せ、心の中で冷笑しながら、歩を進めてその若者に近づいた。
「あなたが山下初流さんの息子の山下優さんですね?」
九条結衣は知っていながらも尋ねた。
「そうです。父は今も病室に寝ています。どうするつもりですか?」
九条結衣は微笑んで、落ち着き払った表情を浮かべ、慌てた様子も事態を早急に解決しようとする様子も見せなかった。それがかえって山下優の心を不安にさせた。
「ここは人が多すぎるわ。ここでは話したくないわね」
九条結衣が「話し合い」を持ちかけると、山下優は心を決めたように、後ろの群衆と目配せを交わしてから九条結衣に言った。
「じゃあ、中で話しましょう」
「ええ」
病室に入ると、九条結衣はベッドに横たわり目を閉じている男性を見た。微かに震える瞼から、本当に眠っているわけではないことは明らかだった。
九条結衣は男性から視線を外し、山下優に向かって言った。「お父様の事故が当社の工事現場で起きたのは事実です。しかし、それは私たちの安全対策に問題があったわけではありません。このことは、あなたが一番よくご存じのはずです」
これを聞いた山下優は不機嫌そうに眉をひそめた。「どういう意味ですか?」
九条結衣はベッドに横たわる男性を一瞥してから言った。「監視カメラの映像によると、お父様は外壁の足場でタバコを吸っていて、不注意で足を踏み外して落ちたのです。私たちの足場が不安定だったために転落したわけではありません」