636.心臓が震えるほど怖かった

そのため、奥様が来ると知った時、彼は一文字も目に入らなかった。

しかし、長い間待っても、エレベーターが何度も上下するほど待っても、九条結衣は現れず、藤堂澄人の表情は次第に暗くなっていった。

手元の書類を置くと、彼は立ち上がってオフィスから出て行った。

秘書室の人々、松本裕司を含め、自分たちのボスが険しい顔でオフィスから出てくるのを見て、息をするのも怖くなった。

藤堂澄人の視線が松本裕司に向けられ、その目から漏れ出る冷たさに、松本裕司の心臓は思わず三度震えた。

「九条結衣はどこだ?」

藤堂澄人は顔を曇らせたまま、低い声で尋ねた。

松本裕司は覚悟を決めて前に進み、おずおずと鼻先を擦りながら、勇気を振り絞って言った:

「奥様は...田中社長を訪ねて来られて、数分前に...ちょうど...お帰りになりました。」

ボスの表情が氷のように冷たくなっているのを見て、松本裕司は全く直視できなかった。

藤堂澄人はその場に立ったまま、数秒間沈黙した後、再びオフィスのドアを開けて入っていった。

わざわざ田中行に会いに来たのか?

どうやら彼女は夏川雫というガールフレンドのことを本当に気にかけているようだ。自分という夫よりもずっと気にかけているようだ。

藤堂澄人は心の中で苛立ちを感じ、自分の電話番号が九条結衣にブロックされていることを思い出すと、さらに憂鬱になった。

夏川雫を一人で病院に置いておくのが心配で、九条結衣は藤堂グループを出た後、再び病院に向かった。

病室に入ると、夏川雫はまだ眠っていて、顔色はほとんどなく、まるで風にさらわれそうなほど脆弱に見えた。

彼女の布団を直してから、九条結衣は婦人科の山下部長を訪ねた。

病院の手術スケジュールが混んでいるため、山下部長は夏川雫にまず妊娠中絶を行い、その後で子宮病変の切除手術を行うことにした。

「結衣!」

婦人科から出てきた時、誰かが彼女を呼ぶ声が聞こえた。

それは病室の回診を終えて出てきたばかりの渡辺拓馬だった。

「珩一郎。」

久しぶりに友人に会えて、九条結衣の重くなっていた気分が少し晴れた。

「いつ帰ってきたの?」

先日、ネット上で藤堂澄人と九条結衣の関係についての議論が非常に活発だったことを、渡辺拓馬も知っていた。