渡辺拓馬は頷いて、「早期発見して早めに治療すれば大丈夫なはずだよ、心配しないで」と言った。
「うん、山下部長が執刀するから、大きな問題はないはず」
彼女もその生検結果を見ていた。夏川雫の状態はまだ良好で、手術さえ早めに行えば、再発の可能性は非常に低かった。
今彼女が心配しているのは、雫があの子を失って、しばらく心が癒えないだろうということだった。
渡辺拓馬は九条結衣の表情が少し上の空なのを見て、心配そうに「どうしたの?まだ親友のことを心配してるの?」と尋ねた。
「うん、彼女は最近体調が悪くて、少し心配で」
夏川雫は孤児院出身の子で、以前は彼女に優しい院長先生がいたが、聞いた話では数年前に亡くなったそうだ。
今、夏川雫の身近な人といえば、田中行と彼女しかいなかった。
藤堂グループ。
「社長、中村市長との新プロジェクト現場視察の約束の時間が近づいています」
松本裕司は命がけで、藤堂澄人のオフィスのドアをノックした。
案の定、社長は不機嫌な顔をして、全身から人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。
藤堂澄人は腕時計を確認し、思わず携帯電話も見たが、不在着信も未読メッセージも何もなかった。
「行こう」
心の中の深い失望感を押し殺して、藤堂澄人は立ち上がってオフィスを出た。
車が途中まで来たとき、ゆっくりと停止し、しばらく待っても前に進めなかった。
「どうした?」
藤堂澄人はイライラして眉をひそめ、低い声で尋ねた。
「すぐに確認してまいります。少々お待ちください」
運転手も社長の周りに漂う重圧を感じ取り、少しも怠ることなく急いで車を降りた。
すぐに運転手は戻ってきて、「社長、前方で交通事故が発生しており、警察が処理中です。あと10分ほどかかりそうです」
藤堂澄人は何も言わず、冷たい表情のまま窓の外に目を向けた。次の瞬間、瞳孔が急に深くなり、車道脇のカフェにいる二人に視線が釘付けになった。
窓がゆっくりと下がり、カフェの中の二人の表情がより鮮明に見えた。
九条結衣と渡辺拓馬が向かい合って座り、二人は楽しそうに会話を交わしていた。
この目障りな光景を見て、藤堂澄人の目の奥の温度がさらに数度下がり、前席に座る運転手と松本裕司も思わず寒気を感じた。