638.ママは家で食事をしない

彼は九条結衣が渡辺拓馬と並んでカフェから出てきて、病院の方向へ向かって歩きながら話をしているのを見た。

九条結衣が渡辺拓馬と一緒に病院の玄関に入っていくのを見ていると、藤堂澄人の表情は霜が降りたように冷たくなった。

九条結衣が病院に戻ったとき、夏川雫はちょうど目を覚ましたところだった。

「雫、山下部長のところで妊娠中絶の手配が済んだけど、本当に…」

九条結衣は唇を噛んで、再び尋ねた。「本当に田中行に子供のことを話さないつもり?」

夏川雫の痩せた体が一瞬こわばり、その後首を振った。「いいの、話したところで何が変わるの?子供は結局下ろすことになるでしょう?」

「結衣、私は大丈夫よ、本当に。この子はそもそも来るべきじゃなかったの。今は天が私の代わりに決めてくれたのよ。悩むことなんてないわ」

夏川雫は相変わらず平らなお腹を撫でながら、そう言ったものの、その言葉を口にした時、心臓が痛みで締め付けられるようだった。

九条結衣もそれ以上説得することはせず、ただ病院に残って午後6時過ぎまで付き添っていた。

今は冬の季節で、6時過ぎには既に空が暗くなっていた。

夏川雫は外の空を見て、九条結衣に言った。「結衣、私は今大丈夫だから、一日中付き添ってくれたけど、先に帰ってよ」

九条結衣がまだ心配そうな様子を見せると、夏川雫は急いで言った。「本当に大丈夫よ。それに、ここには医師や看護師もいるし、何かあったらナースコールを押せばいいだけだから」

結局、九条結衣は夏川雫の強い主張に押され、病院を後にした。

藤堂邸。

藤堂澄人が帰宅したのは、ちょうど食事の時間だった。

リビングでは、大奥様が九条初と遊んでいたが、彼は結衣の姿が全く見えなかった。

彼女が渡辺拓馬と一緒に病院に入っていったことを思い出すと、藤堂澄人の心は鋭い痛みを感じた。

怒りと同時に、より大きな喪失感を覚えた。

「澄人、お帰りなさい」

藤堂澄人は頷き、胸の重苦しさを押し殺して、スリッパに履き替えて中に入った。

「結衣は?まだ帰ってないの?」

藤堂澄人は僅かな希望を抱きながら尋ねた。

「ああ、結衣から電話があって、友達と一緒に食事をするから、夕食は帰って来ないそうよ」

友達と一緒に食事?