652.見ていて本当に胸が痛む

彼の友好的な態度なんて見せかけで、ただ夫婦で手を繋いでいる姿を見せつけたかっただけだ。

「藤堂社長、おはようございます。結衣さん、おはよう」

渡辺拓馬が自分の妻をそう呼ぶのを聞いて、藤堂澄人は不機嫌そうに眉をひそめ、冷たい視線を送ったが、渡辺拓馬にはまったく無視された。

三人がエレベーターに乗り込むと、藤堂澄人は渡辺拓馬を妻の側から少し離れるように押しやり、長い腕で九条結衣の肩を抱き寄せた。その領有権を主張するような態度は、まさに歯ぎしりしたくなるほどだった。

渡辺拓馬は後ろで不機嫌そうに白眼を向けた。何がそんなに得意になることがあるのか。

しかし、考えてみれば、いつもプライドが高くて近寄りがたいこの変人が、結衣の前でこんな幼稚な態度を見せるということは、本当に結衣のことを心から愛しているということだろう。