藤堂澄人はゆっくりと茶碗を手に取り、一口すすって、何気なく口を開いた。
「明日、私たちは旅行に行くんだけど、一緒に来ないか?」
田中行は茶碗を弄びながら、一瞬手を止め、馬鹿を見るような目で藤堂澄人を見つめた。「いつからそんなに親切になったんだ?」
この親友を軽視しているわけではないが、彼の性格はずっと孤独で、幼い頃から、自分だけが彼を我慢できる存在だった。
こんな孤独で素直じゃない性格の持ち主が、妻と子供と旅行に行くのに、自分という邪魔者を誘うなんて?
誰もが知っているように、この男は九条結衣と再婚してからは、まるで膏薬のように妻にべったりくっついているのに、どうして自分を誘うんだ?
田中行の目に浮かぶ軽蔑的な表情に対して、藤堂澄人は心の中で不機嫌に鼻を鳴らした。
妻が夏川雫のことを毎日心配しているのを見なければ、この二人に二人の世界を邪魔させるなんてことはしないのに。
「夏川雫も一緒に来る」
再び「夏川雫」という名前を聞いて、田中行はテーブルに置いていた手が少し震え、顔の冷たい輪郭線が一層引き締まった。
次の瞬間、彼は眉をひそめ、声も冷たくなった。「俺と夏川雫はもう終わりだ。俺たちを一緒にするな」
彼は手にしていた茶碗を置き、席を立って、まるで逃げ出すかのように、「彼女は彼女で行けばいい。俺は関係ない」
言い終わると、彼はドアに向かって歩き出した。
ドアノブに手をかけて開けようとした時、藤堂澄人が言った。「夏川雫が何故子供を堕ろしたのか知りたくないか?」
ドアノブを握る手に力が入り、突然このように無防備に親友に癒えていない傷を開かれ、田中行の顔の冷たさがさらに深まった。
「知りたくない」
この言葉を残して、彼はドアを開けて出て行った。
藤堂澄人は追いかけることなく、ただ芝居を見るような表情で、眉を上げた。
この「やっぱり気になる」という味は、彼にはよく分かっていた。かつての自分も同じように、妻を追い出してしまったのだから。
とにかく、やるべきことはやった。珍しく親切心を出したのに、聞く気がない人がいるなら、もう余計な真似はしないことにした。
結局、彼は「兄弟は百足の手足のよう」という考えを、徹底的に貫いてきたのだから。