702.意地っ張り

藤堂澄人夫妻が島に上がった時、九条結衣は何気なく田中行の方を見やった。彼が無表情で、夏川雫のことを全く気にかけていないような様子を見て、九条結衣の心情は徐々に複雑になっていった。

少し考えてから、彼女は田中行に声をかけた。「雫を責めないでください。彼女だってあの子を堕ろしたくはなかったんです。でも運命がそうさせたんです。彼女にも選択の余地がなかったんです。」

あの日、病室を出る時に中から聞こえてきた抑えた泣き声を思い出し、九条結衣は思わず夏川雫のことが切なくなった。

彼女は知っていた。夏川雫という人は、気が強くて負けず嫌いで、口では子供を堕ろすと言っていたけれど、本当にそんなことができるはずがないということを。

夏川雫が堕ろした子供のことが再び話題に上がると、田中行は釣り竿を握る手に思わず力が入り、表情は相変わらず冷淡なままだった。

彼は九条結衣を見ることなく、ずっと湖面に目を向けていた。自分の震える手によって広がる水紋を見つめながら、皮肉っぽく口角を上げた。

「運命か...」

彼は水面の中央を見つめながら、その二文字を低く呟いた。まるで九条結衣の言葉が可笑しいとでも言うように、嘲笑うように声を出した。

「残酷なことをしておいて、すべてを運命のせいにするのが好きなんですか?」

彼は釣り竿をじっと握りしめたまま動かなかった。もし話をしていなければ、今の田中行は、まるで水面に佇む彫像のようだった。

九条結衣は眉をひそめ、田中行の言葉が理不尽に聞こえた。

このまま続ければ死んでしまうかもしれない、そして子供にも良くないとわかっていながら、命の危険を冒してまで子供を産まなければならないというのか?

もし田中行がそこまで自分勝手な考えを持っているのなら、雫は早めに別れた方がいいかもしれない。

しかし、この考えはほんの一瞬で九条結衣によって否定された。

田中行は明らかに雫のことを深く愛している。もし雫が病気になって、やむを得ず子供を堕ろしたことを知っていたら、こんな反応にはならないはずだ。

そう考えながら、彼女は藤堂澄人に視線を向けて言った。「あなた、雫がなぜ子供を堕ろさなければならなかったか、彼に話していないの?」

奥さんの目に浮かぶ非難の色を見て、藤堂澄人はすぐに事態の深刻さを悟った。

「彼が知りたくないって言ったんだ。」