彼女の心の中では田中行と一緒になりたいと思っていても、雫の気持ちを尊重することにした。
「じゃあ、ゆっくり休んでね。すぐ戻ってくるから」
「行ってらっしゃい」
彼女は軽く手を振り、九条結衣夫妻を追い払った。
二人の後ろ姿が遠ざかっていくのを見て、夏川雫の口元の笑みがゆっくりと消えていった。
実は、藤堂澄人の言う通りだった。彼女は田中行に会うのが怖かった。心の奥底から湧き上がってくる後ろめたさは、彼女自身にも説明できないものだった。
口では田中行に対して申し訳ないことは何もないと言いながら、彼の目を見つめ、その瞳に映る失望と心の痛みを見ると、彼女の心は乱れてしまう。
湖心島で釣りをする人は今それほど多くなく、ほとんどの人にはその忍耐力がなかった。藤堂澄人が九条結衣を迎えに行った後、島には田中行一人だけが残された。
「私にはわかるの。雫は田中行とこれ以上関わりたくないって。もう彼女に無理強いするようなことはしないわ」
岸辺に停泊している小舟に乗り込んで、九条結衣は藤堂澄人に言った。
彼女には分かっていた。藤堂澄人の立場からすれば、田中行が幸せになってほしいと願うのは当然のことだし、同様に彼女も雫が幸せになってほしいと思っていた。
夫婦の立場は異なるが、この件で藤堂澄人との関係に影響が出ることは避けたかった。
彼女がそう言うのを聞いて、藤堂澄人は彼女を見下ろし、その目に浮かぶ憂いを見て、彼女の考えていることを察した。
彼女の肩に手を回し、力を込めながら、真剣な様子で言った:
「じゃあ、もう二人のことには関わらないことにしよう」
彼は九条結衣の唇に軽くキスをして言った:「兄弟より、妻が不幸せなのを見たくない。だから、兄弟なんて知るか」
九条結衣は藤堂澄人の言葉に一瞬驚いた後、くすっと笑い、手を伸ばして彼の頬を軽く摘んだ。
「義理知らずね」
「義理なんて何だ?俺は妻を幸せにすることが一番大事だってことしか知らないよ」
この時、湖心島で一人寂しく釣りをしていた田中行は、こうして薄情な義理知らずの親友に見捨てられたことなど知る由もなかった。
今この瞬間、彼は釣りをしているものの、注意は依然として夏川雫に向けられていた。