釣り竿を置いて立ち上がると、彼は鋭い目つきで九条結衣を見つめ、低く冷たい声で言った。「お前たち、俺に何を隠してるんだ?」
傍にいた藤堂澄人は、親友が自分の妻に向かって怒鳴るのを見て、すぐに怒り出し、結衣を自分の側に引き寄せて言った。
「何で俺の嫁に怒鳴ってんだよ?夏川雫に聞きに行けよ。ここで物思いに耽ってても誰も構っちゃくれないぞ」
藤堂澄人は声を抑えながら、目に明らかな警告の色を浮かべて言った。「雫が話したくないのは、お前たちの問題だろ。俺の嫁が何で話さなきゃいけないんだ」
何で怒鳴るんだ!
その口調には結衣への徹底的な保護が感じられ、結衣は思わず唇を噛んで笑いを堪えた。一方、田中行は叱られて、怒りなのか焦りなのか、さっきより更に恐ろしい顔つきになっていた。
藤堂澄人は相手にする気なんてなかった。自分の嫁に怒鳴る奴は死ねばいい!
彼は結衣の肩を抱き、傍らの釣り桶と釣り竿を持って、別の場所に移動した。「嫁、あいつは無視しよう」
結衣:「……」
なぜか最近、自分の島主が幼稚園児化しそうな気配を感じる。
他人を仲間外れにするなんて、もう覚えちゃったのね。
唇の端が思わずピクリと動き、何か言おうとした時、田中行の視線が対岸を鋭く見つめ、表情が更に険しくなっているのに気付いた。
彼の視線の先を追うと、黒崎信介が夏川雫のデッキチェアの傍に立ち、春風のような優しい笑顔を浮かべながら彼女と話をし、ついでにジュースを手渡しているところだった。
黒崎信介のこの献身的な様子を見て、結衣は密かに眉をひそめた。
彼女は黒崎信介のことをよく知らなかったが、この人には何か怪しいところがある気がした。はっきり言えば、良からぬことを企んでいるように思えた。
何か行動を起こそうとした時、田中行の方が一歩早く、手にしていた釣り竿を投げ捨て、岸辺の平底舟に飛び乗って、ビーチの方へ漕ぎ出した。
結衣は田中行の背中を見つめ、そして夏川雫の傍で明らかにご機嫌取りをしている黒崎信介を見て、物思わしげに目を細めた。
彼女は雫の交友関係に干渉するつもりはなかったが、この黒崎信介は……
おそらく高橋夕と一緒にいたからだろう、本能的に深く付き合うべきではない部類に分類してしまっていた。
手が、傍らの大きく力強い手に握られ、岸辺へと導かれた。藤堂澄人が言った。