彼女が怒ると、顔に殺気が漂い始めた。黒崎芳美は彼女と同じくらいの身長だったが、彼女から放たれる威圧感に、黒崎芳美の中で湧き上がった怒りは一瞬にして消え去った。
「あなた……」
「黒崎芳美さん、私があなたを高橋奥様と呼ぶのは、基本的な礼儀としてです。でも私の目には、あなたは畜生以下の存在です。まだ藤堂家の敷居も跨いでいないくせに、私の前で姑面して威張り散らすなんて、本当に恥ずかしくないんですか!」
黒崎芳美が不倫をしただけでなく、六歳の島主を置き去りにして藤堂家を去ったことを知ってから、九条結衣の心には怒りが燻っていた。
幼くして両親を失った島主を気の毒に思い、同年代の子供たちが負う必要のない責任と重荷を背負わされた彼のことを心配していた。
本来なら、黒崎芳美が彼らから一生遠ざかり、他人同然の関係でいられれば、それでよかったはずだった。もう二度と関わることもないはずだった。
しかし彼女は厚かましくも、恥知らずにも近づいてきて、さらにこんな笑止千万な発言までしたのだ。
「九条結衣さん、あなた……言い過ぎよ!」
黒崎芳美の不倫のことは、藤堂仁だけが知っていると思っていた。当時、藤堂仁は帰国前に離婚する意向を伝えてきた。
一旦離婚すれば、藤堂仁の手腕からすれば、一銭も手に入らないかもしれないと分かっていた。しかし、天も味方してくれたかのように。
藤堂仁は帰国便の事故で命を落とした。あの航空事故で死んでしまったのだ。
藤堂仁の死により、藤堂グループはすぐに群がる者たちの餌食となった。もし自分の取り分の遺産を早めに確保しなければ、藤堂グループが他人の手に渡った時には、一銭も手に入らなくなる可能性があった。
さらに、藤堂お婆様は藤堂グループの対応に追われ、手が回らない状態で、彼女のことまで気にかける余裕はなかった。
だからこそ、その機会を逃さず藤堂仁の遺産を分けてもらって立ち去ったのだ。
多くの人が彼女を非難したが、他人の口から出る言葉など、どれだけ言われても痛くも痒くもなかった。好きなだけ言わせておけばよかった。