彼女が怒ると、顔に殺気が漂い始めた。黒崎芳美は彼女と同じくらいの身長だったが、彼女から放たれる威圧感に、黒崎芳美の中で湧き上がった怒りは一瞬にして消え去った。
「あなた……」
「黒崎芳美さん、私があなたを高橋奥様と呼ぶのは、基本的な礼儀としてです。でも私の目には、あなたは畜生以下の存在です。まだ藤堂家の敷居も跨いでいないくせに、私の前で姑面して威張り散らすなんて、本当に恥ずかしくないんですか!」
黒崎芳美が不倫をしただけでなく、六歳の島主を置き去りにして藤堂家を去ったことを知ってから、九条結衣の心には怒りが燻っていた。
幼くして両親を失った島主を気の毒に思い、同年代の子供たちが負う必要のない責任と重荷を背負わされた彼のことを心配していた。
本来なら、黒崎芳美が彼らから一生遠ざかり、他人同然の関係でいられれば、それでよかったはずだった。もう二度と関わることもないはずだった。