「私は妻を待っているんだが、君は元カノを待っているのかい?」
田中行は「……」
なぜこいつはまた自慢げに見えるんだろう。子供の頃の自分は何て目が節穴だったんだろう、こんなプラスチック製の親友を作ってしまうなんて。
「考えすぎだよ。ただ海風に当たりに来ただけさ」
田中行は冷淡な表情で否定したが、その視線は意識的か無意識的か、病院の方向へ向けられていた。
藤堂澄人は軽蔑するような目つきを向け、少し間を置いて言った。
「もう一度チャンスをあげよう。夏川雫が子供を堕ろした理由を知りたくないか?」
子供の話題が出た途端、田中行の顎の線が引き締まった。前回のように気骨のある拒否をしたかったのだが。
しかし今、「知りたくない」という言葉は鉛を飲み込んだかのように喉に詰まり、どうしても出てこなかった。