「私は妻を待っているんだが、君は元カノを待っているのかい?」
田中行は「……」
なぜこいつはまた自慢げに見えるんだろう。子供の頃の自分は何て目が節穴だったんだろう、こんなプラスチック製の親友を作ってしまうなんて。
「考えすぎだよ。ただ海風に当たりに来ただけさ」
田中行は冷淡な表情で否定したが、その視線は意識的か無意識的か、病院の方向へ向けられていた。
藤堂澄人は軽蔑するような目つきを向け、少し間を置いて言った。
「もう一度チャンスをあげよう。夏川雫が子供を堕ろした理由を知りたくないか?」
子供の話題が出た途端、田中行の顎の線が引き締まった。前回のように気骨のある拒否をしたかったのだが。
しかし今、「知りたくない」という言葉は鉛を飲み込んだかのように喉に詰まり、どうしても出てこなかった。
藤堂澄人は友人のこの様子を見て、もう関わらないと言いながらも、実際には夏川雫のことを全く忘れられていないことを悟った。
おばあちゃんの言う通り、この二人は自分と結衣が辿った道を歩んでいる。今では自分が正しい道に戻れたからこそ、愛する女性を守ることができたのだ。
同じ経験をしているからこそ、完全に見て見ぬふりをすることはできなかった。
しばらく迷った末、彼は真実を田中行に告げた。「夏川雫は病気なんだ」
その言葉を聞いた田中行の体が凍りついた。鋭い目つきで藤堂澄人の顔を見つめ、まるで冗談を言っているような様子を探ろうとしているかのようだった。
しかし藤堂澄人はそうではなく、彼の視線を受けると、さらに付け加えた。「子宮頸部細胞異常だ」
田中行の顔色が一気に青ざめ、目には複雑な感情と衝撃、そして抑えきれない心痛と後悔の色が浮かんだ。
「彼女は……」
しばらくして、やっとかすれた声で口を開いたが、藤堂澄人が遮った。
「彼女が戻ってきたぞ。自分で聞いてみたらどうだ」
言い終わると、すでに別荘の入り口から姿を消し、あっという間に自分の妻の方へ歩み寄っていた。
「戻ってきたね。まだお腹すいてる?さっきは半分しか食べてなかったけど、他の何か作ろうか?」
九条結衣の手を取って戻りながら、魚の骨が喉に刺さって病院に行くことになった妻の親友のことは、藤堂澄人は一言の心配も、一瞥さえも向けなかった。