彼女は黒崎芳美の顔をじっと見つめ、しばらくしてから声を出した。「本当にそう思っているの?これからも澄人を邪魔しないって?」
黒崎芳美は九条結衣にそう聞かれ、顔に諦めの苦笑いを浮かべ、目も赤くなってきた。
「彼は私の息子よ。これだけの年月が経っても、一度も会えていない。今は大きくなって、一目見たいのに叶わない。本当に邪魔したくないなんて思えるはずがないでしょう?もちろん本心ではないわ。でも、彼が私に会いたくないのはわかっているの。嫌われるくらいなら、大人しく身を引いて、もっと煩わしく思われないようにするわ」
それを聞いて、九条結衣は軽く笑い、目に「安堵」の色を浮かべながら黒崎芳美を見て言った。
「今はよく分かっているみたいね。前からこんなふうに分かっていれば、そんなにひどい目に遭わなくて済んだのに」
九条結衣の言葉は意図的に黒崎芳美を刺激するかのようで、黒崎芳美の伏せた瞳に歪んだ憎しみの色が一瞬よぎった。
しかし九条結衣はそれに気付かなかった。
黒崎芳美が再び顔を上げた時、表情は相変わらず諦めと心痛の様子で、九条結衣に言った。
「私からの言葉を彼に伝えてください。体に気をつけて、仕事が忙しくても健康に気を付けてって」
九条結衣は目を伏せて少し考え、頷いた。「わかったわ。あなたが彼を邪魔しないなら、言付けくらいは伝えてあげるわ」
黒崎芳美の表情が明るくなった。「ありがとうございます」
「ええ」
九条結衣は淡々と応じ、感謝の言葉を受け入れたものの、表情の冷たさは和らげなかった。
ちょうどその時、パーティーでドリンクを運んでいるウェイターが通りかかり、黒崎芳美は彼を呼び止め、シャンパンを一杯取り、高橋夕もその後に一杯取った。
黒崎芳美は言った。「これが私たちの最後の会話になるでしょうね。一杯お付き合いください。この頼みを聞いてくださって、ありがとうございます」
九条結衣は黒崎芳美を見つめ、何か意味ありげな目つきで、トレーに残された最後の一杯に目を向け、手を伸ばして取った。
「いいわ」
黒崎芳美の目の中の喜びの色が濃くなった。「私が先に飲ませていただきます」
そう言って、手にしたシャンパンを一気に飲み干した。