出発前、彼女はまだ未練がましい様子で、藤堂澄人を見つめながら言いかけては止め、目には悔しさと心の痛みが浮かんでいた。まるで彼女が浮気相手と駆け落ちしたことが、誰かが作り上げた冤罪であるかのように。
「澄人、じゃあお母さん行くわね、私...」
黒崎芳美がまだ何か言おうとしたが、藤堂澄人は既に彼女を見ることもなく、九条結衣の肩を抱き寄せ、振り返ることもなく家の中へと入っていった。
夫婦の後ろ姿を見て、黒崎芳美と高橋夕は歯ぎしりするほど憎らしく感じ、心の中ではさらに強い悔しさが渦巻いていた。
高橋夕は純粋に九条結衣を妬み、羨んでいたが、黒崎芳美の方がより本質的な悔しさを抱えていた。
彼女からすれば、あの優秀で金も権力もある男は自分の実の息子であり、彼女が産んでいなければ、今日の藤堂澄人は存在しなかったはずだった。
どうして他人にこれほど優しくできて、自分という母親には敵のように接するのか。
この時の黒崎芳美は、双子の子供たちを置き去りにし、夫の死体が冷めないうちに金を持ち逃げしたことが、どれほど恥知らずな行為であったかを全く認識していなかった。
藤堂澄人の住む別荘を離れ、鈴木大輔が用意した別荘に戻ると、高橋夕の顔に張り付いていた優しい表情は、一瞬にして冷たさに取って代わられた。
黒崎芳美を見る目つきも、以前のような母娘のような孝行ぶりは消え去っていた。
「本当に役立たずね。息子を手なずけられないだけじゃなく、嫁にまで頭上がらないなんて。あんたみたいな馬鹿が藤堂澄人のような息子を産めたのは、さすがに父親の藤堂仁の遺伝子が強かったということね。」
黒崎芳美は、自分が必死に気に入られようとしていた継娘にこのように侮辱され罵倒され、顔色が一気に青ざめた。
しかし高橋夕に対しては、藤堂澄人に向けた時のような非難する勇気すら持てず、むしろ傷ついた表情で高橋夕を見つめ、目を赤くしながら言った:
「夕、どうしてそんなことが言えるの?小さい頃から、私はあなたを実の娘のように大切にしてきたわ。一度も粗末にしたことなんてないのに。さっき...さっきあなたが私を強く押した時だって、息子の前であなたが九条結衣を陥れようとしたことを暴露しなかったでしょう。」
先ほど彼女は九条結衣の言葉に刺激されて頭が爆発しそうになり、九条結衣を強く押してしまった。