「藤堂社長」
彼女は小さな声で挨拶をしたが、それ以上は何も言わなかった。
九条結衣は、黒崎芳美と高橋夕の二人の回復力が並外れて強いことに気づいた。前回、島で「世間の注目を集める」ような失態を演じ、しかも彼女を陥れようとして逆に陥れられたというのに。
まさか、今こうして何事もなかったかのように平然と彼らに接することができるとは。
九条結衣は心の中で、この二人の厚かましさに思わず拍手を送った。
かつて藤堂澄人が彼女を追いかけていた時の、タダ同然の厚かましさを思い出す。彼は黒崎芳美から何も受け継いでいないようだが、この厚かましさだけは間違いなく実母からの遺伝だった。
藤堂澄人は、妻からの叔母のような微笑みを感じ取り、背筋が凍った。
妻はなぜこんな目で自分を見るのだろう?
彼は目を細めて九条結衣を見つめ、九条結衣も意味深な笑みを浮かべて彼を見返した。夫婦は驚くほど息の合った様子で、目の前の厚かましい二人を完全に無視した。
夫婦が目配せし合う様子を見て腹が立った黒崎芳美は、表情を曇らせ、意図的に声を大きくして言った。
「澄人、なんて偶然なの。あなたたちも書画を買いに来たの?」
黒崎芳美の言葉が終わるか終わらないかのうちに、店長が包装された斎藤大博の書を持って茶室に入ってきた。
黒崎芳美と高橋夕を見かけると、まず丁寧にお辞儀をし、それから藤堂澄人の前に進み、書を差し出した。
「藤堂さん、ご注文の書でございます」
藤堂澄人は手を伸ばして受け取り、横目で九条結衣に言った。「行こう」
このように黒崎芳美を完全に無視する素っ気なさに、黒崎芳美の顔色が明らかに数段暗くなったが、高橋夕の忠告を思い出し、何とか我慢した。
藤堂夫妻を見送った後、店長は戻ってきた。
「高橋奥様、高橋お嬢様、何かお探しでしょうか?」
藤堂澄人の前での緊張した様子と比べ、店長はこの二人の前では、はるかにリラックスしているように見えた。
黒崎芳美は藤堂澄人が買った書のことを思い出し、口を開いた。「藤堂社長と同じものが欲しいわ」
店長の表情は、黒崎芳美のこの要求を聞いた時、一瞬硬くなった。
彼らの店で扱っているのは全て名家の孤本で、すべての商品が世界に一点しかない。そうでなければ、これほどの高額にはならないはずだ。
これは彼らの店を知る人なら誰もが知っていることだった。