他人は高橋夕の人柄を知らないが、黒崎芳美は知っていた。先ほど、わざと他人に自分が高橋夕の「母親」だと知らせたのは、彼女のキャラ作りを暴露したかったからだ。
ふん!田舎から這い上がって女優になったって?
いい父親がいなければ、デビューしたばかりなのにこんな良いチームとリソースを手に入れられたはずがない。
いい思いをしておいて、よく知ったかぶりができるわね!ちっ!何様のつもり!
この厄介者が継母の私に素直に従っていれば良かったのに。前回の島での出来事で、九条結衣を陥れる計画は彼女も同意していたのに、自分が愚かで九条結衣に逆算されて、全部私のせいにされた。
高橋の前で、私の尊厳を完全に失わせた。
彼女が非道なら、継母の私も義理など通さない。
私の息子と結婚したいなら、今日からの私の仕打ちを全て耐えなければならない。
高橋夕が突然可哀想な被害者を演じ始めたのを見て、黒崎芳美は不審に思った。次の瞬間、藤堂澄人と九条結衣が龍閣に戻ってくるのが見えた。
ふん!やっぱりね!
黒崎芳美は高橋夕の作り物の可哀想な表情を一瞥し、心の中で冷笑した。
九条結衣と藤堂澄人が龍閣に戻ってきたのは、なくしたブレスレットを探すためだった。
それは彼女が藤堂澄人と結婚した年に、藤堂お婆様から贈られたもので、その後、藤堂澄人と離婚協議書を交わして四年離れていても、そのブレスレットを外すことはなかった。
そのブレスレットは彼女にとって特別な意味があり、だからこそ先ほどなくなったことに気付いて、戻ってきたのだ。
しかし、戻ってきたらこんな場面に遭遇した。
九条結衣:「……」
これは天も二人のここでの再会を望んでいるということか?
藤堂澄人の姿が近づくにつれ、高橋夕の目は更に赤くなり、藤堂澄人を見る目は、ほとんど抑えきれない恋心に溢れていた。
以前言っていた段階的なアプローチなど、先ほど藤堂澄人が九条結衣のために大金を惜しみなく使うのを目の当たりにした後、完全に否定された。
藤堂澄人にとって、妻以外のどんな女性の前でも、彼は鉄のような直情径行な男で、たとえ高橋夕が「可哀想」で目が大出血するほど赤くなっていても、完全に無視できた。
店の入り口で彼に向けられた、恋心に溢れ、深い愛情を込めて訴えかけるような視線を完全に無視して、店内に足を踏み入れた。