誰も冷酷な人間ではない

高橋洵はその時、黒崎芳美が彼に口答えするとは思ってもみなかったので、一瞬どう反論すればいいのか分からなくなった。

結局のところ、この女は二十年以上も彼の傍で献身的に尽くし、文句一つ言わずに彼の娘の面倒を見てきたのだ。誰だって石の心を持っているわけではない。

彼女に対して何の感情もないはずがないだろう?

当時、もし別の思惑があったとすれば、藤堂仁から女を奪うという、そんな達成感は誰もが味わえるものではなかった。

この女は年を重ねても、依然として艶やかな美しさを保っており、男なら誰でも心を動かされるはずだ。

それに、二人は二十年以上も一緒に過ごしてきた。心が動かなくても、既に習慣になっていたはずだ。

ただ、彼は彼女が自分の前で従順に振る舞い、機嫌を取ることに慣れすぎていた。また、彼女が自分から離れられないことを良いことに、気分が悪くなると彼女に冷たい言葉を投げかけていた。

本当に彼女に去られるとなると、高橋洵も実際には惜しく思うだろう。

それに、このような容姿なら、五十代であっても、彼女と結婚したいと思う男は少なくないはずだ。

特に、彼女は藤堂仁の当時の株式の四分の一を持っているのだから。

今、彼女が自分に対してどうでもいいような態度を取っているのを見ると、何か後ろ盾でもあって恐れることがないのか、それとも本当に彼が自分を必要とするかどうかに無関心なのか、この時の高橋洵は、逆に黒崎芳美に対して強く出られなくなっていた。

話し方も普段より柔らかくなり、上から目線ではなく、まるで長年連れ添った夫婦のように話しかけた:

「あなたもね、夕はあなたの娘なのに、藤堂澄人があんなことをしたのに、少しも助けようとしないなんて。」

責めているとはいえ、その口調はそれほど厳しくなく、黒崎芳美は彼を何気なく一瞥し、心の中で皮肉な笑みを浮かべた。

高橋洵が彼女に顔を立ててくれるなら、黒崎芳美も彼の前で強気に出る必要はなかった。彼のその柔らかな不満の声を聞いて、こう言った:

「あの子があんなに焦るなんて知るわけないでしょう。私が話す暇もないうちに、あの人を追いかけて行ってしまったわ。私に何ができるの?引き止められると思う?」

「お前は…」

高橋洵の前で見せる可憐な姿とは違い、黒崎芳美の前では高橋夕はいい顔を見せなかった。