しかし、彼女と一緒にいると、なぜか楽しく、リラックスした気持ちになるのだった。
朝はまだ彼女を警戒していたのに、今は思わず彼女に近づきたくなってしまう。
人の感覚は時として記憶よりも真実を語る。直感が彼に告げていた。この女性は自分が認識しているような人物ではないと。
それに、自分は以前にも似たような愚かな行動をして、危うく命を落としかけたような気がしていた。
そう考えながら、藤堂澄人は九条結衣を見つめる目に、かすかな諦めの色が浮かんだ。
目の前の時限爆弾を刺激しないようにと、藤堂澄人は大人しく食卓に座り、食器を手に取って食べ始めた。
九条結衣は彼が「大人しく」している様子を見て、唇の端にそっと小さな弧を描いた。
今の彼にとって、自分は他人同然なのだ。
記憶は失われても、性格は生まれつきのもの。彼女は自分がこんなにも冷たく当たっているのに、彼が怒るどころか、こんなにも大人しくしているとは思わなかった。
そのことに気づいた九条結衣の気分は、急に良くなった。
あの黒幕が藤堂澄人をこのように計算できたのは、木村靖子のようなレベルの人間には到底できないことだった。
だから、彼女の大切な島主の記憶を奪い、そして唯一木村靖子のことだけを覚えさせることができた人物は、木村靖子とは関係のない人物のはずだ。
木村靖子は、ただ彼らに利用された取るに足らない駒に過ぎない。
しかし...なぜ相手は澄人に木村靖子のことを覚えさせ、彼女のことを忘れさせたのか。その目的は何なのか。
それに山田花江も...
彼は山田花江のことも覚えている。
山田花江と木村靖子の間には、どんな関係があるのだろうか。
そこまで考えて、九条結衣は思わず眉をひそめた。
木村靖子のことを覚えているのは、澄人に木村靖子こそが彼の恋人だと思わせるため?
そして木村靖子を通じて、澄人から何かを得ようとしているのか?
では山田花江は?それはなぜなのか?
もし相手の目的が澄人から何か利益を得ることなら、彼に山田花江のことを覚えさせた理由も、同じはずだ。
つまり、それは山田花江も相手側の人間だということを示唆しているのではないか?
そう考えると、九条結衣の山田花江に対する疑いは一層深まった。
しかし、これらの疑いは全て、彼が木村靖子と山田花江だけを覚えているという前提に基づいている。