彼女は、以前の藤堂澄人に怯えていたせいで、自分の「特別な立場」を主張する勇気が全くなかったのだと感じていた。
「あの...あのエレベーターに乗ってもいいですか?」
木村靖子は恐る恐る社長専用エレベーターを指さしながら尋ねた。
こんなに丁寧に頼んだのだから、藤堂澄人も承諾してくれるはずだと。
しかし、彼は眉をひそめて不機嫌そうに言った:
「言っただろう。最近は誤解を招くようなことはするなと」
木村靖子は彼の表情が曇るのを見て、明らかに不機嫌になったことを察し、これ以上強く出ることはできなかった。
でも彼女は、藤堂澄人が怒るのも自分のことを考えてのことだと思った。
確かに、彼女が頻繁に社長専用エレベーターを使用しているところを見られれば、彼女のイメージに影響が出るだろう。
芸能界に入って、様々な資源を手に入れても、世間の評判は良くならないだろう。
澄人はきっとそのことを心配してくれているのだと。
木村靖子は心の中でそう自分を慰めた後、気持ちが晴れやかになった。
「すみません、私が考えが足りませんでした。では失礼します」
「ああ」
藤堂澄人は重々しく返事をし、もう木村靖子を見ようとしなかった。
木村靖子の心にはかすかな寂しさが残ったが、大人しく社長室を後にした。
しかし、自分が藤堂澄人の心の中で特別な存在になったと感じていたため、木村靖子の入室時と退室時の「態度」は明らかに違っていた。
秘書室の女性秘書たちを見る目つきは、まるで高みから見下ろす女王のように、目の前にひれ伏す虫けらを見るかのように、傲慢そのものだった。
女性秘書たち:「……」
この短時間で、社長はこの女にいったい何を与えたというのか、またこんなに威張り散らすようになってしまって。
正式な社長夫人でさえ、こんな風に人を見下すようなことはしないのに。
何なんだこいつは。
社長があんな大事故から戻ってきてから、女を見る目が変わってしまったのか?
どうやら、社長は他の部分は無事だったものの、視力はかなり落ちてしまったようだ。
木村靖子は周囲の複雑な視線の中、藤堂ビルを出た。
あの陽の当たらない牢獄で長い間過ごしたのは全て九条結衣のせいだと思うと、心の中で憤りを感じずにはいられなかった。