道乃漫は歯を食いしばって言った。「神崎若様、先に私を放してくれませんか?」
前世では神崎卓礼が清廉で高潔な男だと聞いていた。あの地位と身分でありながら、誰ひとりとして彼の近くに女がいたことはなかった。
女性が近づくこと自体が、まるで彼を汚す行為のようにさえ思えた。
前世では、彼女が命を落とすまで、神崎卓礼は結婚もせず、恋人がいたという噂さえ聞かなかった。
しかし今、この不良のような態度を見ていると、前世で語られていた人物像とはかけ離れていた。
「俺は君の手を掴んでいないよ。」神崎卓礼はとっくに彼女の手首を放していたが、両手はしっかりと彼女の腰に添えられたままだった。
道乃漫が何か言いかけるより早く、神崎卓礼はふと携帯を見て、ぽつりと口にした。「道乃啓元、君の父親か?」
名前をそのまま表示していて、お父さんやパパといった呼び方ではなく、まるで他人のように。
道乃漫は答えず、歯を食いしばって言った。「先に私を放して。」
神崎卓礼は自分の推測が当たったと悟り、「ここで出ても同じだよ。」と言った。
着信音が鳴り続ける中、道乃漫は目を伏せ、急ぐ様子も見せず、むしろ神崎卓礼に向かってふわりと微笑んだ。
神崎卓礼は目を細めた。この笑顔は彼にはあまりにも馴染みがあった。先ほど彼女が加藤正柏と道乃琪に向けた笑顔と同じだった。
妖艶で色気のある、人の心を惑わす笑顔。
神崎卓礼はどれだけ心構えをしていても、やはり一瞬、意識がぐらついた。
この女は、まさに天然の妖狐だ!
彼がわずかに意識を逸らした隙をついて、道乃漫は彼の膝を鋭く蹴り上げた。
先ほど急いでバスルームに行って服を脱いだ時、リアルさを出すために靴も脱いでいた。
裸足でカーペットを踏んでいると、濃い色のカーペットが彼女の足をより一層白く美しく見せ、まるでミルクに浸したかのようだった。
この一蹴りで、神崎卓礼の膝が曲がり、確かに少し痛かったが、その柔らかく細い足裏の感触が、妙に頭から離れなかった。
彼が手を緩めた瞬間、道乃漫はバスタオルを取る余裕もなく、そのままバスルームに駆け込んだ。
神崎卓礼は膝を押さえながらも、反射的にその背中を目で追った。
背中までもが美しい。肌は白く滑らかで、どこをとってもほどよく引き締まり、隙がない。視線をさらに下へと落とせば、丸みと張りを兼ね備えたヒップ。神崎卓礼の手が、今にも動き出しそうになるのを感じた。
腰も同時にきゅっと引き締まり、理性とは裏腹に、彼女の脚が自分の腰にきつく絡みつく光景が、頭の中で鮮明に描かれた、その力加減までも。
たちまち全身が爆発しそうなほど熱くなった。
道乃漫は背中に注がれるあの熱い視線をまだ感じていた。全身がむず痒く、落ち着かず、ほとんど手足がもつれるような勢いでバスルームに駆け込み、慌てて服を着た。
それでもなお、体は火照ったままだった。彼の掌が触れ、押し当てられた場所は、まるで今もそこに手が残っているかのように、じんじんと熱を帯びていた。
携帯の着信音は、いつ止んだのかさえ分からなかった。
また、まったく気にも留めず、道乃啓元など眼中にもなかった。
携帯の着信音が止まった後、すぐにまた鳴り始めた。
道乃漫は画面に表示された道乃啓元の文字を冷たい目で見つめた。
この男こそが、彼女の実の父親。前世で道乃琪を信じ、彼女を信じなかった張本人だ。
ただひたすら、傷つけたのは彼女だと決めつけ、恥をさらしたとまで思っていた。彼女が服役した八年の間、一度たりとも面会に訪れることはなかった。
そして、彼女がようやく八年の刑期を終えて出所した日。その瞬間の光景を、彼女は今でもはっきりと覚えている。刑務所の門の前は、がらんとしていた。誰ひとり、迎えに来る人はいなかった。まるで、彼女が今日出所することすら、誰も知らなかったかのように
彼女は気に留めなかった。頭の中にあったのは、体調の優れない母のことだけだった。道乃家には戻らず、すぐに母の家へ向かった。しかし、そこに彼女を待っていたのは、ただ、ぽつんとした空っぽの部屋だけだった。