「今はね……」
伊藤佳代は認めざるを得なかった。長女と比べると、次女の方が成績が少しばかりいいのだ。
長女は高校入試に失敗したが、それでも進学できた。もし次女が長女より良い成績を取れば、橋本さんの説得は難しくなる。次女の成績が長女より悪くなければ、橋本さんの考えを変えさせる機会はないだろう。
「お母さん、もうその話はやめて」
お金の話になると、橋本絵里子は伊藤佳代以上に憂鬱になった。
橋本奈奈が手元にお金を持っていることは、橋本絵里子の方が伊藤佳代よりもよく知っていた。
橋本絵里子はお金を貯められない性格で、親からもらったものは全て使ってしまう。一方で橋本奈奈は一銭も使わず、少しずつ貯金していることも知っていた。
橋本絵里子が橋本奈奈の手持ちのお金のことを伊藤佳代に言わなかったのは、橋本奈奈がかなりの額を貯めていることを知っていたからだ。母親に知られれば、そのお金を没収されてしまい、自分が使えなくなってしまう。橋本絵里子はそのお金を手放したくなかった。
橋本絵里子は上手く立ち回れると思っていた。橋本奈奈は説得しやすいと考えていたのだ。
少し言葉巧みに橋本奈奈をなだめれば、彼女が今まで貯めたお金は全て自分のために使われることになると考えていた。
橋本絵里子は橋本奈奈を動く貯金箱のように扱っていたのだ。
今になってお金を使えないどころか、橋本奈奈に進学の機会まで与えることになってしまった。橋本奈奈の気持ちが晴れるはずがない。
こうなることが分かっていれば、このお金を今日まで残しておかず、数日前に橋本奈奈をうまく説得して、全部服を買うために使わせていたのに。
この時、橋本絵里子は薄々感じていた。数日前なら確実に橋本奈奈からお金を引き出せたはずだが、今となっては難しいということを。
「分かったわ、お金の話はやめましょう。勉強の話をしましょう。絵里子、これまでのことは問わないけど、高校に入学したら頑張らないとね」伊藤佳代は橋本絵里子の成績のことを思い出し、思わず眉をひそめた。
「分かってるよ」橋本絵里子は胸の内で火が燃えていた。彼女も一生懸命勉強したかった。橋本奈奈のように学年で常に3位以内に入り、両親がどこに行っても誇れる存在になりたかった。自分自身も誇りに思えるような存在になりたかった。
でも……
「奈奈は勉強してるわ。あなたは中学校の成績が良くなかったんだから、教えてもらいなさい」伊藤佳代は目を輝かせ、良い考えを思いついた。実際、この方法は以前にも使ったことがある。
橋本奈奈が中学1年生で、橋本絵里子が中学2年生の時、橋本絵里子が2年生の数学の問題を解く際に1年生の知識を忘れていた時は、いつも伊藤佳代は橋本絵里子に橋本奈奈に聞くように言っていた。
ただし、外部に対しては、伊藤佳代はいつも長女が次女を教えているから次女の成績が良いのだと言っていた。これは全て長女の犠牲のおかげで次女が成長できたのだと。
「あっ」橋本絵里子の目が輝いた。そうだ、なぜこのことに気付かなかったのだろう。もし橋本奈奈にずっとつきまとっていれば、彼女の復習時間も減るのではないか?
「行ってらっしゃい」
「奈奈」今回、橋本絵里子はノックもせずに橋本奈奈の部屋に入った。
「何?また私の本を取りに来たの?」橋本奈奈は顔も上げず、数学の例題に取り組んでいた。
橋本奈奈にとって、数学を復習するには、まず教科書の例題を全て理解する必要があった。特にこの本はノートが充実していて、解法の説明も明確で、橋本奈奈の学習効率を上げることができた。
「違うよ、質問があるの」橋本奈奈が自分の最も苦手な数学を勉強しているのを見て、橋本絵里子はますます正当性を主張した。
橋本奈奈は動きを止め、本を閉じ、口角を上げて橋本絵里子を見た。「自分で来たの?それともお母さんに言われたの?」
二度の人生で、橋本絵里子が勉強好きだったことなどあっただろうか?
「もちろん自分で来たのよ」橋本絵里子は勝手に一番好きな場所に座った。「奈奈、この問題を教えてよ」
橋本絵里子は適当にページをめくり、適当に問題を指さした。
橋本奈奈は本を取り返し、練習帳を取り出して、橋本絵里子が適当に言った問題を書き写した。
橋本奈奈のその行動を見て、橋本絵里子は笑った。
しかし橋本絵里子の笑顔はすぐに消えた。橋本奈奈が「シュッ」と音を立てて、問題を書いた白紙のページを破り取ったのだ。「お父さん!」
「どうした?」次女の声を聞いて、橋本東祐はすぐに来た。
橋本奈奈が呼ぶと橋本東祐がすぐに来たことに、橋本絵里子は不機嫌そうに口を尖らせた。
「お父さん、お姉ちゃんがこの中学1年生の問題が分からないって。私は復習しないといけないから、お父さん、お姉ちゃんに教えてあげて」そう言って、橋本奈奈は問題を書いた紙を直接橋本東祐に渡した。
今や彼女は橋本絵里子に感情も金銭も、そして金銭以上に貴重な時間と労力も無駄にしたくなかった。
「見せて」橋本東祐は数学の問題を受け取り、見てみると、この問題なら本当に解けそうだった。
橋本東祐の学歴は高くないが、二人の娘が学校に通っている間、時々娘たちの教科書を見て勉強することもあり、これも一種の共同成長だと考えていた。
娘が分からない問題を自分が解けるのは珍しいことで、橋本東祐は張り切った。「絵里子、ノートと筆記用具を持って書斎に来なさい。教えてあげる」
橋本絵里子が断る前に、橋本東祐は彼女を連れて行ってしまった。
不本意そうに連れて行かれる橋本絵里子を見て、橋本奈奈は笑い、本を開いて復習を続けた。
一晩ゆっくり休んだ後、翌日、橋本奈奈はポケットに伊藤佳代からもらった二百円を入れて、学校に登校した。
学費を払った後、伊藤佳代からもらった二百円から六十円が残った。橋本奈奈はその六十円を全て学用品に使った。
いつも橋本絵里子のお下がりを使っていたので、突然自分だけの新品を持つことになり、橋本奈奈はまだ実感が湧かなかった。
新しく配られた教科書を手に取り、橋本奈奈は考えた末、以前のように全ての教科書を家に持ち帰らず、斎藤家に置くことにした。
自分が少し面倒でも、朝早く起きて学校に行く前に斎藤家に寄って本を取りに行く方が、家に置いて母親に台無しにされるよりましだと考えたのだ。
「本はどこ?」橋本奈奈がまた一冊しか持って帰らないのを見て、伊藤佳代は顔を曇らせた。「誰から守ってるの?」
橋本奈奈は黒白のはっきりした目で伊藤佳代をじっと見つめ、しばらくしてから言った。「本が多くて重いから、持って帰れなかった。学校に置いてきた」
「お金は?」本の話はもういいと、伊藤佳代はお金のことを思い出した。「確か学費は三百四十円だったわよね。残りの六十円を返しなさい」
六十円あれば何回か肉が食べられる。
橋本奈奈は首を振った。「お金は使い切りました。お父さんが筆記用具とノートを買っていいって約束してくれたから」
「この無駄遣いする子!」伊藤佳代は十分に腹を立てた。「まさか六十円全部使ったわけじゃないでしょう?いくら使ったか言いなさい。早く店に返品して、お金を返してきなさい。お姉ちゃんの使い残しがたくさんあるでしょう?それで十分じゃない」
橋本奈奈の返事を待たずに、伊藤佳代は直接橋本奈奈の身体を探り始めた。橋本奈奈の持っているお金を一銭残らず探し出そうと決意していた。