「行きなさい」橋本東祐は笑顔で橋本奈奈を見つめ、とても優しい態度で接していた。
この父の態度に、もともと不機嫌だった橋本絵里子は口を尖らせた。
彼女にだってわかっている。奈奈が白洲隆の家庭教師をしているから、父は奈奈を見る目が日に日に誇らしげになっているのだ。それは奈奈が白洲隆の家庭教師をして、父が木下おじいさんへの恩返しができるからではないか?
自分だって、できるはずなのに。
「お父さん、私のペンがなくなったから、奈奈の部屋から一本借りてくるわ」
毎月のお小遣いが減らされ、前回のダンス衣装の一件以来、橋本絵里子は以前ほど浪費しなくなり、新品ばかり使うのをやめ、ペンなども予備を持つようになった。
今では可能な限り、買わなくて済むものは買わないようにしていた。
そういうわけで、ペンがなくなったら、奈奈の部屋から一本借りることにした。借りるといっても、橋本絵里子が返すはずもない。
橋本絵里子は意気揚々と奈奈のカバンを開け、中身を全部取り出した。
奈奈が買ったペンは、デザインがよくなく、しかも全部同じで、合計でたった三本。自分なら絶対に買わないタイプだった。橋本絵里子は不満げに鼻を鳴らしたが、それでも新品の一本を手に取った。
「あれ?」橋本絵里子は偶然奈奈のノートを見つけた。たくさんの文字が書かれており、見てみると作文だった。しかも、今まで見たことも聞いたこともない作文だった。
作文は書けないかもしれないが、この作文の良し悪しは判断できた。
少し考えた後、橋本絵里子は唇を噛み、奈奈のペンを一本取っただけでなく、そのページの内容も破り取った。
奈奈に気付かれないように、そのページと繋がっている白紙のページも一緒に破り取り、きれいに破り取れたことを確認してから、この二つを持って奈奈の部屋を出た。
奈奈が湯気を立てながらシャワーから戻ってきた時、自分のカバンが開けられ、中身が散らかされているのを見つけた。
家族の中でこんなことをするのは、橋本絵里子しかいない。
母ならば、カバンごと捨ててしまうことはあっても、わざわざ中身を探ったりはしないだろう。
「奈奈、さっきお姉ちゃんが部屋に入って、ペンを一本借りていったよ」ちょうどその時、橋本東祐が来て、奈奈に伝えた。