「そんなはずがない」橋本東祐は否定した。彼は田中さんのように愚かではない。「でも奈奈、わかってほしいんだ。家庭円満が何より大切だ。お母さんの性格は君もよく知っているだろう。お母さんに頭を下げさせるわけにはいかないだろう?」
家族なのだから、毎日喧嘩ばかりしていてはいけない。そんな生活ができるはずがない。
「お母さんが間違っていても、私が従って、全部お母さんの言うとおりにして、お母さんを喜ばせないといけないの?」前世でそうしていたのに、お父さんだって喜んでいなかったじゃない。
「お母さんの言うことに従えとは言っていないんだが...」橋本東祐は頭を抱えた。奈奈が田中さんの言うことを全て聞いていたら、この家はもっと混乱するだろう。
「じゃあ、お父さんは私にどうしてほしいの?さっきお母さんは私が怠け者だと言って、お姉ちゃんのために写させるべきだと言ったけど、私は何も言わなかったよ。お父さん、私のどこがまだお母さんに従っていないの?直すべきところがあるなら言って、直すから?」橋本奈奈は異常なほど冷静に、この年齢らしくない落ち着きを持って橋本東祐に尋ねた。
橋本奈奈が異常なほど冷静に橋本東祐に向き合えば向き合うほど、橋本東祐は後ろめたさを感じた。
もともと橋本東祐は自分が正しいと思っていた。子供は親を敬わなければならない、田中さんが愚かなら、奈奈が我慢するしかない。
無責任な言い方だが、奈奈がこんな母親を持ってしまったのは仕方がない。
なぜか、橋本奈奈の波風の立たない黒々とした瞳を見ていると、橋本東祐の口は糊を塗ったかのように、開けなくなり、言葉が出てこなくなった。
もし橋本奈奈が騒いで泣き続けていたら、橋本東祐は言うことを聞かない、分別がないと言えただろう。しかし橋本奈奈が静かにしているからこそ、橋本東祐は何も言えなくなってしまった。
橋本東祐は何度か口を開きかけ、橋本奈奈を説得しようとしたが、結局一言も発することができなかった。
伊藤佳代の性格では、橋本東祐には橋本奈奈を説得する術がなかった。これは解決不可能な問題だった。
橋本東祐が一旦橋本奈奈に伊藤佳代に従うよう言えば、橋本奈奈は勉強をする必要がなくなり、今後は橋本絵里子のために作文を書き、橋本絵里子に写させることになるだろう。