第112章 知らんぷり

伊藤佳代は「ドンドンドン」とずっと長い間ドアを叩いていたが、橋本東祐を起こして開けさせることはできず、むしろ既に寝ていた橋本絵里子を起こしてしまった。「お母さん、こんな夜中に何してるの?人を寝かせてくれないの!」

学費と生活費がまだ集まっていないだけでも気分は最悪なのに、母親がこんな夜中にうるさくしているなんて、どういうつもり?!

「絵里子、あなたは寝なさい。私は、お父さんと話があるの。早く寝なさい。それとも、お母さんが静かにするから、頭を布団で覆って。」伊藤佳代のこんな夜中の苦労も、結局は橋本絵里子のためじゃないの?

橋本絵里子の思いやりのなさ、それどころか怒りを見せたことに対して、普段は気が短い伊藤佳代も、橋本絵里子の前では全く怒る様子もなく、橋本絵里子にさんざん文句を言われても、怒るどころか優しく橋本絵里子をなだめ、自分の動きを静かにすると約束する、その態度はまったく驚くべきものだった。

「わかった、じゃあ静かにする。」橋本絵里子は不機嫌そうに答えた後、頭を埋めて寝続けた。

伊藤佳代が橋本東祐と話をするのに、なぜ二人の部屋ではなく外に出たのか、橋本絵里子はまったく気にしなかった。

橋本絵里子が気にしないなら、伊藤佳代も気にせず、頑固に書斎のドアの前で叩き続けた。

橋本東祐は厚い布団にくるまっているのに、伊藤佳代は上着一枚だけを羽織って出てきた。

数分もしないうちに、伊藤佳代は寒さに耐えられなくなり、顔は青ざめ、歯がガチガチと鳴った。

仕方なく、伊藤佳代は部屋に戻り、厚着をして、また書斎のドアの前で待ち続け、時々ドアを叩いた。

翌朝早く、橋本東祐が部屋のドアを開けて、顔を洗って朝食を食べて出勤しようとした時、伊藤佳代が厚着をしたまま書斎のドアに寄りかかって一晩中寝ていたのを発見した。

橋本東祐がドアを開けると、ドアに寄りかかっていた伊藤佳代は中に倒れ込んだ。

伊藤佳代のこの様子を見て、橋本東祐は怒りと笑いが入り混じった気持ちになった。

「憐れむべき人には必ず憎むべき点がある」というのは、まさにその通りだった。

長年の夫婦だけに、伊藤佳代のこの様子を見て、橋本東祐の心は決して快くはなかった。