第140章 痒み

「奈奈、あ、あの人がいるのに、どうして私に言わなかったの。こんにちは、私は奈奈の姉です」橋本絵里子は顔を赤らめながら、斎藤昇に挨拶をし、彼の自己紹介を期待していた。

「頭がおかしくなったの?」橋本奈奈は天を仰いで溜息をつき、手術室の入り口へと走り出した。

橋本絵里子はもう手の施しようがなかった。これ以上彼女と一緒にいたら、絵里子のせいで死んでしまうに違いない。

橋本奈奈が去ると、斎藤昇は振り返った。走ることはなかったが、彼の長い脚では、歩くだけでも他人が走らなければ追いつけないスピードだった。橋本絵里子のように。

斎藤昇はあと一歩で橋本奈奈の傍に着いた。「大丈夫、橋本おじさんは必ず大丈夫だから」

「そうよ、きっとそう。お父さんは絶対大丈夫」橋本奈奈は手術室を見つめながら、心の中で祈り続けた。

斎藤昇は橋本奈奈の傍に立ち、無言で彼女を支えていた。その光景を見た橋本絵里子は目を赤くした。絵里子は歯ぎしりをした。さっきまで奈奈は彼女の頭がおかしいと言っていたくせに。

父親が生死の境をさまよい、手術室に運ばれているというのに、奈奈は男性と親しくしている。でも、この男性は一体誰なのだろう。奈奈はどうやって知り合ったのか、なぜ奈奈は知っているのに、自分は知らないのか?

「奈奈、お母さんは?」

「あなたが知らないのに、私が知るわけないでしょう」橋本奈奈は橋本絵里子を見ようともせず、絵里子も伊藤佳代も、今は関わりたくなかった。

善人は長生きせず、悪人は千年の命というじゃないか。母親が現れなくても、大した問題にはならないだろう。

橋本奈奈の言葉があまりにも冷たかったため、橋本絵里子は言葉に詰まった。一瞬にして雰囲気は冷え込み、橋本絵里子は何か言いたくても言えなくなった。

そうして、三人は手術室の前で黙って待っていた。静寂が恐ろしく、橋本奈奈と橋本絵里子は思わず震えそうになった。

真夏だというのに、この場所に立っていると、橋本奈奈は冷たい風が次々と襲ってくるように感じ、鳥肌が立った。橋本絵里子も同じような感覚だった。

橋本奈奈の歯が震えそうになり、自分の肩を抱こうとした時、肩に重みと温もりを感じ、彼女の体には一枚の服が加わっていた。

「?」橋本奈奈は自分の体にかかった服を見て、そして斎藤昇を見た。