この瞬間になってようやく、伊藤佳代は手塚勇がなぜ白洲隆を助けることができたのか理解した。手塚勇の「アジト」がちょうどこの辺りにあったのだ!
周辺の数軒の家をしっかりと記憶に留めた後、伊藤佳代は諦めて橋本家に戻った。
「どうしたんだ、便所に落ちでもしたのか?こんな臭いがするなんて」伊藤佳代が家に帰るなり、橋本東祐は嫌そうな顔をした。
以前の伊藤佳代は潔癖症ではないにしろ、かなり清潔な女性だった。しかし橋本東祐は、伊藤佳代がこんなに汚らしく耐えられない姿を見ることになるとは思ってもみなかった。伊藤佳代の体から漂う臭いは、橋本東祐を吐き気がするほどだった。
伊藤佳代は恥ずかしそうな表情を浮かべた。「本当にそんなに臭いですか?さっき歩いているときに不注意で足を捻って、ゴミの山に突っ込んでしまって...先にお風呂に入らせてください。」実際、伊藤佳代も自分の体の臭いに耐えられなくなっていた。
帰り道では、伊藤佳代は人気のない道を選んで歩いた。家に帰る途中で誰にも会わないことを確認してから歩き出した。知り合いに会って恥をかくのが怖かったのだ。
「早く行けよ」橋本東祐は眉をしかめただけで、伊藤佳代の足の具合を聞くことも、痛くないか、薬を塗る必要はないかなども一切聞かなかった。
前回の通報事件以来、橋本東祐と伊藤佳代の関係は冷え切っていた。それ以来、橋本東祐は伊藤佳代の部屋に入ることも、彼女を気遣うこともなくなった。二人の関係は隣人以下になっていた。
橋本東祐は隣人に会えば笑顔で挨拶を交わすのに、伊藤佳代に対しては淡々とした会話しかしない。先ほどのように、橋本東祐が話すときの表情は極めて冷淡だった。
「お父さん」橋本奈奈が部屋から出てきた。「母さんが帰ってきたみたい」
「ああ、帰ってきたな」伊藤佳代のことを話すとき、橋本東祐の声は淡々としていて、まるで死んだ水のようだった。しかし橋本奈奈を見るときの目には愛情が溢れていた。「奈奈、軍事訓練は二週間だったけど、辛くなかった?疲れなかった?痩せたみたいだぞ」
「大丈夫よ、慣れたらなんてことないわ。お父さんが昔、軍隊にいた時とは比べものにならないでしょうけど」橋本奈奈は笑いながら橋本東祐の隣に座った。「お父さん、私たちの教官が誰だか知ってる?」