第214章 本当に知り合いだった

井上雨子は両足を揃え、両手で服の裾をいじりながら、恥ずかしさのあまり何をすればいいのかわからず、心の中で台詞を練り、どうやって自然に手塚教官に挨拶しようかと考えていた。

まだ考えがまとまらないうちに、井上雨子は誰かに体当たりされ、足元がふらつき、転びそうになって後ろに二歩下がった。

井上雨子が見ると、自分にぶつかってきたのは他でもない、同じ寮の副級長の白井照子だった。

白井照子の顔は井上雨子よりも赤く、両目を真っ直ぐに手塚勇に向けたまま、手塚勇が自分の方に歩いてくるのを待っていた。彼女は思った、手塚教官が自分のことを全く好きじゃないはずがない、きっと先ほどは人が多すぎて、手塚教官は立場上、彼女のミネラルウォーターを受け取りづらかっただけで、今は彼女に説明しに来たのだと。

「手塚教官、わかってます。わざとじゃないって…」教官との距離が約三歩になったとき、白井照子は気持ちを抑えきれず、一歩前に出て、昼間のことは気にしていないことを伝え、教官も気にしないでほしいと主張した。

しかし、その時、手塚勇は白井照子の横をまっすぐ通り過ぎた。

「くすくす」押しのけられた井上雨子は小さな口を結んで笑いを漏らし、すぐに姿勢を正した。

彼女は思いもしなかった。手塚教官は白井照子を無視したのに、昼間は自分に気付いていたなんて。これで、白井照子の前で、副級長になるよりも誇らしい気分だった。

しかし井上雨子が白井照子と同じ扱いを受けたとき、彼女は木のように硬直してしまった。

「まったく」最初から最後まで見ていた河野雲見は吹き出しそうになった。「世の中にはどれだけ思い込みの激しい人がいるんだろう。白井照子も井上雨子もほんとにもう」

今日手塚教官が彼女たちを訓練したのはたった一日で、誰が誰で、名前は何というのか、教官はまだ覚えていないだろう。白井照子と井上雨子はどこからそんな面の皮の厚さが出てくるのか、教官が食堂に現れたのは自分たちに会いに来たと思い込むなんて。

「そんなこと言わないで。私も手塚教官が今私たちの方に歩いてきているような錯覚を感じちゃう。今の軍人さんって、みんな手塚教官みたいにかっこいいの?誤解しやすすぎるわ」唐澤夢子は両手で頬を押さえた。もし手塚教官が本当に自分たちのテーブルに向かってきているのなら、どんなにいいだろう。