橋本絵里子は辛い物が食べられないだけでなく、少しでも辛いものに触れると顔や背中にニキビが出てしまうのだ。
以前、橋本家の料理を担当していた伊藤佳代は、当然橋本絵里子の習慣に合わせて料理を作っていた。そのせいで、かつては辛い物なしでは生きられなかった橋本東祐は、この好みを無理やり断ち切らなければならなかった。時々辛い物が恋しくなると、こっそり外で辛い物を買って食べていた。
以前、橋本東祐が黙っていたのは、伊藤佳代がそう言っていたので、橋本奈奈も辛い物が好きではないと思っていたからだ。
しかし今日、その嘘もついに暴かれる日が来た。
「いいえ、いいえ、私が作りますから。でも、家に唐辛子がないみたいです」伊藤佳代はまだ最後の抵抗をしていた。小黄魚にちょっとでも唐辛子を入れたら、絵里子はほとんど手をつけられなくなるからだ。
「それなら心配ない、今すぐ買いに行ってくる」橋本東祐は書類かばんを置くと、自転車を起こして出かけた。
橋本東祐がこれほど断固とした態度を示す以上、伊藤佳代にはどうすることもできなかった。
橋本東祐が出て行くと、伊藤佳代の表情はすぐに曇り、敵を見るような目つきで橋本奈奈を見つめた。「これで満足でしょう?得意になってるんでしょう?私があなたを産み育てたのに、私はあなたの実の母親なのに、こんな風に私を困らせるの?お父さんと私の関係を引き裂くなんて、お父さんと私が離婚するのを見たいの?あなたの心はどうしてそんなに黒いの?少しも親子の情を感じないの?私をお母さんとも思わず、お姉さんを姉とも思わず、お父さんのことも気にかけないの?あなたは学校に行って、さっさと出て行けばいいけど、お父さんを一人で家に残すのよ。お父さんはまだ怪我してるのに、本当にお父さんのことを考えているなら、どうすべきかわかるはずでしょう!」